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通された部屋は、必要最低限の家具しかなく、本当に生活しているか疑う質素なものだった。
「ここが、俺の部屋。ベッドはひとつしかないけど、二人で寝ても余裕があるサイズだから」
紹介されたとおりの大きなベッドに小さなテーブル、乱雑に積み上げられた荷物と、いつ読まれたのかわからない埃のつもった本棚。あまりジロジロ眺めては失礼だとわかっていても、初めて見る冒険者の部屋への好奇心が抑えられなかった。
「そのうちもう一つ買って置いてもいいと思うけど、しばらくは俺と一緒で我慢して」
「はい、何かなら何までよくしてもらってすみません」
「いいのいいの! 俺も助けてもらったんだしお互いさまだよ」
冒険者として生活しようとエオルゼアまで出てきたはいいものの、何をどうしたらいいのか分からず困っていた所で部屋の主であるセリアと出会った。語ると長くなるので割愛するが、色々あって、これから二人で一緒に生活していくことになったのである。
出会ったばかりの人物とこんな急速に距離が縮むのは初めてで戸惑いもあるが、自分の環境を変えたくて故郷を出てきたのだからこのくらいのことは乗り越えなければ、とチグは気持ちを新たにする。
「それに俺、チグのこと気に入ったんだ! これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします、セリアさん」
「ねぇねぇ、それやめて欲しいな」
それ、と言われた内容が理解できず首をかしげていると、セリアは人懐こく笑って肩を叩いてくる。
「敬語と、セリアさん、ってやつ。確かアンタの方が年上なんだろ? セリアでいいし、もっと砕けていいよ」
「でも……」
正直、肉親以外に対して気安く話すことには抵抗がある。しかし、部屋の主の希望にはなるべく応えたい。
「抵抗ある? 出来るところからでいいから、そのうち止めてくれると嬉しいな」
こちらの戸惑いを察したらしいセリアに気遣われる。このままではダメだ。自分も努力しなければ。
「……じゃ、じゃあ、よろしく、セリア……くん」
どうしても呼び捨てだけは憚られて君付けになってしまったけれど、セリアは満足そうに笑ってそれでいいと言ってくれた。新しい生活に不安がないと言えば嘘になるけれど、彼と一緒ならば楽しく過ごせそうな、そんな予感がする。
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(最近、セリアくんは夜出かけてばかりだな……)
ひょんな事から彼と出会って一緒に冒険者として暮らすようになってもう半年近く経つ。
今までも彼は夜に出掛けて朝戻ってくる事が何度かあった。仕事なのかもしれないし、プライベートな用事なのかもしれない。多少は気になっていたものの、彼が行き先を告げない以上は聞くべきではないと思い、快く見送ってきた。しかし、それにしても最近は連日だ。出かけずに共に寝た日の方が少ない。
一緒に暮らし始めた頃はベッドをもう一つ増やす話をしていたが、彼のベッドは体の大きなアウラ族男性が二人で寝ても十分スペースが余っており、特に不便さも感じずそのまま無かったことになっている。
(ほんと、大きいベッドだよなぁ)
なかなか寝付けず、チグは寝返りを打つ。
(誰かと一緒に寝るのを前提にしたベッド、なんだろうな)
セリアは非常に寝相が良いし、どちらかといえば端で小さく丸まって寝ている事が多い。こんな大きなベッドを用意する必要なんて無いだろう。
逆にチグはあまり寝相がよくない。宿屋の小さなベッドでは時々落ちそうになることがあるくらいなので、大きなベッドは助かるが、いつも二人で寝ていたベッドに一人は大きすぎる。
(寒い…)
寝相が悪いせいでセリアにぶつかると、寝ぼけながら彼はよくチグを抱きしめてきた。初めは驚いたし気恥ずかしかったのだが、セリアは普段からスキンシップも多かったし、次第に慣れてしまった。
何より、名前を呼ばれながら頭を撫でられ、まるで子供になったような気持ちで微睡む時間が、恥ずかしいけれども心地よかったのだ。
(さみしいな)
きっとプライベートな用事なのだろう。恋人が出来たに違いない。このまま自分がここにいては迷惑なのではないだろうか。相手は紹介して貰えるのだろうか。それまではここにいても許されるだろうか。でも、彼に出て行ってくれと頼まれるのは……想像すると少しつらい。
ぐるぐると考え込みながら、チグは眠れぬ夜を過ごした。
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