―――その時までは、この男をこの手で屠りたいと思っていた。
雨が降っていた。合戦が始まってからすぐに降り出した雨はそれだけで体力を奪い、士気さえも奪ってゆく。冷たい雨に長時間曝される形となった兵達の士気はもはや回復する兆しもなく、ただ闇雲に刀を振るい退却の合図を待つのみとなっていた。
そんな中、此度の戦の総大将である伊達政宗と真田幸村だけは至極楽しそうに互いの命をじりじりと削りあっていた。
貴殿と出会えた事感謝するだとか、この時がずっと続けばいいだとか、そんな事を叫びながら打ち合う上司達を横目で伺いつつ両軍の一般兵達はひっそりとため息をついた。…正直もう勘弁して欲しい。早いとこ切り上げてもらって体を休めたい。
どうせ此度も決着は付かないのだろうと誰もが皆そう思っていた。そのくらい武田の若虎と奥州の龍はこうした戦を繰り返している。
それからどのくらい時間が経ったのか。
二人にとってはあっという間の時だったが、他の者達にとっては長く辛い一時だったろう。
さすがに雨の影響がでてきたのか、幸村と政宗の顔にも疲れが見え始めている。荒くなった呼吸を整えながら、互いに次の攻撃の機会を伺う。これで決める。
政宗が先に一歩踏み出すと強くなった雨音に混じり、じゃり、という小さな音がしてそれが激突の合図となった。
「真田幸村ァァァァア!!!!!!」
「伊達政宗ぇぇぇぇえ!!!!!!」
べしゃ!
「what…?」
政宗は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
何故か目の前にいたはずのライバルの姿が一瞬にして見えなくなった。いつぞやの様に忍が邪魔をしたにしては静か過ぎるし、そういえばなにか妙な音がしたような……。
「……ぅうう…この幸村、一生の不覚でござる…」
「ぶッ…」
搾り出すような微かな声に政宗は耐え切れず笑い出した。
「あははははははは!! 何やってんだアンタ!! そこでズッコケるかよ普通!!!」
「笑わないでくだされ…」
のろのろと上体を起こした幸村の泥だらけになった顔を見て政宗は更に笑う。
好敵手が人目を気にせず大笑いする姿に、幸村はむっつりとした顔で雨でぬめった土の上に座り込んでいる。その姿がまた政宗の笑いのツボにはまったのか、彼はますます笑い続ける。
「政宗殿!!!!」
まるで子供の様に頬を膨らませて抗議する姿が妙にかわいらしい。
紅蓮の鬼と称され、相対する度に凄まじい覇気と殺気を放ってくる男はこんな表情も見せるのかと笑いながら政宗は思った。意外ではあったが不思議と不自然だとは思わなかった。
―――その時からだ。
―――この男を手に入れてみたいと思うようになったのは。
きっかけ
投稿日:2010-01-03 更新日: