俺は伊達政宗だ。
もちろん本名ではない。俺の今の名前はどこにでもいそうな、ごく普通のありふれた名前だ。
それでも俺が伊達政宗だという事には変わりはない。何故ならそれが俺の前世だからだ。
前世だとかオーラだとか、テレビで度々取り上げられているのを見てはいたが、そういった形の無い物なんか微塵も信じてはいなかった。俺はそういった曖昧なものはアテにならないと思っていたし、あのテのテレビ番組はヤラセなのだろう、捏造なのだろうとそう思っていた。
この目で確認できないものなど信じられるはずがない。
そんな俺がどうして「前世は伊達政宗だった」なんて言い切れるのか。
それはアイツに出会ったからだ。
出会った瞬間、まるで噴水のように記憶が溢れ出てきた。記憶、というより単語が。そしてその単語から連想される出来事が。
ゆきむら、真田幸村、武田、伊達、奥州、こじゅうろう、政宗どの、伊達政宗。
沢山の事を一気に思い出したせいで、俺はあの時随分と呆けていたらしい。
黒板の前で名前も名乗らずぼーっとしていたから、担任が大層困っていて、俺は転校初日から大きなヘマを犯したわけだ。そのおかげかどうかは知らないが、今までの学校の中で一番すんなりと輪の中に入れた。
いや、俺が自分で入っていったというのもあるか。
どうやらアイツは俺の事を覚えてもいなければ、思い出す事もなかったらしい。
なんとか思い出して欲しくて、アイツと同じ部活に入り、アイツといつも行動を共にした。
今のアイツの名前が「孝行」と言う名前だったから、これみよがしに「ゆき」と親しげに呼んでいたのだけれど、ついぞ思い出すことはなかったらしい。
俺はまた引っ越すのだ。親父がいわゆる転勤族というやつで、あちこち回っていたのだけれど、こんな風に転校するのももう最後だろう。
東京の高校に通う為に、母親と二人で東京に暮らす事になった。次の学期からは向こうの中学で受験勉強がスタートするわけだ。
一つの所におちつけるというのは悪くないが、アイツと別れる事だけが口惜しい。
前世云々を抜きにしても、俺は今の「ゆき」が好きだ。そう思っている。
性格も前世(むかし)とほとんど変わってない。魂が同じというのはそういう事なんだろうなと思った。
馬鹿みたいに真っ直ぐで、純粋で。体を動かすのが大好きだけど、テレビゲームも大好きで、アイツの部屋にあった大量の格闘ゲームにはさすがにちょっとびっくりした。ゲームで対戦すると、やっぱり互いに負けず嫌いな性格が災いして延々と対戦を繰り返していたし、時には取っ組み合いの喧嘩になったりもした。
楽しかった。凄く凄く楽しかったんだ。
楽しかったのはどうやらアイツも一緒だったらしい。
アイツと、アイツと一緒になって俺とつるんでいた奴らが俺の為にアイツの家で俗に言う「お別れ会」を開いてくれたのだ。といっても、内容はいつもみたいに漫画を読んで、ゲームで遊んだだけだったが。
でもそんな、いつもどおりの楽しい時間が嬉しかった。
「これでお前らと遊ぶのも最後なんだな」
帰り際、ぼそりと呟いた俺の一言に「そうだな」と一人が軽い声で頷いた。
「今までありがとな、楽しかったぜ」
俺の言葉にまた別な一人が「俺も」と頷く。
「元気でな、またこっち遊びに来る事があったら連絡するから」
「本当だな? ちゃんと連絡しろよ?」
するから大丈夫だ、と笑いながら俺はアイツ以外の二人と握手する。
「ゆきも…」
元気で、と言いかけて言葉が詰まった。
ここで握手をして別れてしまったら、もう二度と出会えないんじゃないだろうかと漠然と思った。
折角、長い年月と広い世界の中で、しかもこんな平和な世界で再び会えたのに。
だから咄嗟に延ばしかけた右手をひっこめた。
「ゆき、お前とは握手しないからな」
あからさまにアイツがえっ!?と、愛嬌のある顔を歪ませる。
「アンタは俺のライバルだからな。今日の対戦も結局負けたし、悔しいから」
笑いながら言うと、そういう問題かよ、と周りの二人が揃って笑う。
「次まで保留な!」
握手を保留ってどういう意味だと自分の言葉に内心笑った。
けれど保留にするのは握手だけじゃない。俺の想いも、次に会う時まで保留だ。
本当は、何度も言おうと思った。「好きだ」と。
でも言ったところで友情の意味と取られる事は目に見えているし、なによりそれで嫌われる事が怖かった。
ましてや前世の事を口に出すなんて言語道断だ。そんなものを微塵も信じていなかったのはこの俺だ。
だから、賭けようと思った。
「もしまた、どこかで会う事があって、そん時にアンタが俺の事を覚えてたら握手しようぜ」
忘れる訳無いだろうとアイツが言ったが俺は頭を振る。忘れてるじゃねぇか、おもいっきり。
「アンタがちゃんと全部思い出したんなら、その時は本当にライバルの再開だから」
俺の意味深な言葉にアイツを含む三人が首をかしげる。
俺は笑った。
もしかしたらそんな日は来ないかもしれない。けれど、俺のこの意味深な言葉で思い出してくれるかもしれない。
「じゃあな、さなだゆきむら」
アイツの耳元でボソリと呟く。「え?」という間抜けな声を聞いて俺はやっぱり笑った。
もしこれが今生の別れになるのなら滑稽すぎる。しかたがない。その時は所詮その程度の繋がりだったのだ、と諦めるしかないんだろう。
苦しい。
夕焼けで辺りは赤い。
赤い色が堪らなく愛しい。
「じゃ、またな!!」
三人に向かって笑って手を振った。三人とも、笑って手を振り返してくれた。
三人と別れて、俺は思わず走りだした。
苦しかった。ただただ苦しかった。こんな思いをするくらいなら何も思い出したくなかった。
だからアイツにも思い出して欲しい。
俺が去った後に思い出して、どうしてあの時思い出せなかったんだと後悔すればいいんだ。さぞ悔しかろう、苦しかろう。でもそれはお互い様だ。俺も今、こんなに苦しい。
「…ゆきむらッ」
思わず音にした名前は自分でも驚く程悲痛に満ちていた。そんな気がする。
俺は、アンタが思い出してくれるのを信じて待っているから。また会おう、幸村。
そしてその時は、握手じゃなくてkissが欲しい。
終
某アニメ映画の「お前とは握手してやんねーよ」から妄想がひろがってこうなりました(笑)