いつかこうなると言うことは、分かっていたはずなのに。いざ現実となってみると取り乱す自分を押さえられない。
ドサリとひどく詰まらない音を立てて地面に倒れ込んだ幸村の元に政宗は武器を投げ捨てて駆け寄った。
刀身に付着していた血が投げ捨てられた拍子で宙を舞い政宗の蒼い陣羽織に小さな小さなシミを作る。だがそのシミも幸村から流れ出る血の所為ですぐに判らなくなった。
「こんのっ…馬鹿野郎!!!」
「はは…ばかやろう、とは、非道いでござるな…」
すぐ隣に膝をついた政宗が思わずその体を抱き寄せると、傷が痛むのか幸村は酷く表情を歪ませて呻く。それに構わず政宗は幸村の肩を揺さぶって激昂した。
「どうして…どうして手を抜いたッ!!」
彼の本気の一撃を受け止めれば己も無事では済まされなかったはず。それなのにどうだろう。政宗の体は先程までの撃ち合いでダメージは受けているものの、どれも致命傷ではない。体中の傷は痛むが、痛むだけである。
「手など、抜いてはおりませぬ……ただ、不覚にも政宗殿に、その…見惚れてしまっただけ…で、ござる…」
今この場にはよほど不釣り合いな表情で幸村は笑う。その、逢瀬の際によく見せていた顔に呆れているのか見惚れているのか、政宗は腕の中の幸村から視線を逸らす。
幸村もまた、彼が照れた時によく見せていたそっぽを向くという可愛らしい行動に再度微笑んだ。
幸村が笑う気配に気付いた政宗は、シチュエーションは最悪だろうがこの戦は自分達にとって立派な逢瀬であったのだな、とぼんやり思った。
二人きりで、誰にも邪魔をされずに武器を向け合い、命を奪い求め合う。そんな血生臭い逢瀬。
思えば出会ったばかりの頃はいつもそうであった。戦場でしか相見えなかった。
自分達は結局の所、戦場での逢瀬に始まり、戦場での逢瀬で終わるのだ。
「……まさむねどの…」
「…なんだよ」
あぁ、いつもの彼ならばそこで異国の言葉で聞き返してくるであろうに。それほどこの状況に心を乱されているのかと思うと幸村は少し嬉しかった。
幸村はゆっくりと右手を持ち上げて政宗の頬に触れる。よほど体力が残っていないのか、触れたと思った右手はすぐにまた地の上に戻ってしまった。
「生きて、くだされ…まさむねどの」
幸村の言葉に政宗は一つしかない目を大きく見開いた。そのような台詞を死にかけた人間に言われたのはこれで二度目であったからだ。
それだけではない。一度目にそれを言ったのもまた、政宗がとても大事に思っていて、政宗自身が死に追いやった人物なのだ。
あの時の父の言葉が甦る。確かにあの時、父は音もなく自分に言ったのだ。「強く生きろ」と。
政宗の左目から、知らず涙がこぼれ落ちた。
「ゆき……むら…」
静かに涙を流す政宗に困ったような笑みを浮かべて、幸村はそのまま動かなくなった。
あぁ幸村。
お前は俺にとって太陽のような存在だったんだ。
一度くらい伝えてやれば良かった。
前にお前が俺が月のようだと言っていた事があったな。
知ってるか? 月は太陽がないと輝けないんだぜ?
太陽があって初めてその存在を認めてもらえるというのに、太陽が居なくなってしまっては俺はどうしたらいい?
政宗は幸村に縋り付いて声を殺して泣いた。
抱きしめた体が冷たくなっても、傾いていた太陽が沈みきり辺りが薄暗くなっても、一番の家臣である片倉小十郎が政宗を迎えに来るまで太陽を失った月は泣き続けていた。
了
拍手お礼SSでした。
既刊の「落陽」とネタが被っていますが気にしないでください。妄想源が一緒なんです。KOKIA。
漫画だと父上の下りが上手く入れられなくて、ちょっぴり不完全燃焼だったので。