「お前、今日が何の日かわからねぇのか?」
唐突に不機嫌な様子になった政宗から飛び出した一言に幸村は目を丸くした。
はて、一体なんの事でござろう? と思わず素直に問い返してしまい、政宗はますます不機嫌な様子になってしまう。
今日は久方ぶりの逢瀬の日である。以前の逢瀬は桜の散る頃であったから、もう随分と愛しい者の姿を互いに見ていなかった。しかし、それ以外で今日が何か特別な日であったかどうか幸村には見当がつかない。
「政宗殿…まっこと申し訳ないのだが、某今日が何の日か見当がつきませぬ…」
どうか教えてはくださらぬか、と上目遣いに政宗の顔をのぞき込んでも彼はぷいっとそっぽを向いてしまって教えてくれそうにもない。
困った幸村は酒が注がれた杯を一気に呷ってから床に置き、部屋の壁をジロリと睨め付けている政宗をそっと売り祖から抱きしめる。
「……びだろ」
「え?」
「だから、今日は…その、俺の誕生日だろって…」
消え入りそうな小さな声でつぶやかれた言葉の意味に幸村は目を瞬かせた。思い起こしてみれば、彼の誕生日は八月の頭で去年も同じような会話をして彼を悲しませたような気がする。
ムスリと不機嫌な様子のまま黙り込んだ政宗に、幸村は気まずい思いで彼を抱く腕に力を込めた。
「申し訳ない政宗殿…某はまたそなたを悲しませてしまったようだ」
「ばっ…!! 別に悲しんでなんかねえよ! 変な勘違いするな!」
顔を耳まで赤くしてジタバタと暴れる政宗の姿に幸村はクスリと微笑んだ。
どうも幸村は昔から誕生日という物が覚えられないのだ。己の生まれた日はもちろん、敬愛するあの武田信玄の誕生日ですら佐助に教えられてようやく思い出すくらいであるから、政宗の誕生日を覚えていなかったとしてももはや仕方がないことである。その旨も去年のうちに話してあったはずだ。しかしそれでも政宗は期待していたのだろう。
「政宗殿、くだらない話でござるが、少し聞いてはいただけぬだろうか?」
「Ah-n? 何だ、いきなり畏まりやがって」
眉間にしわを寄せた政宗は、それでも赤い顔のままで「言ってみろ」と先を促す。その可愛らしい表情に微笑んで幸村は政宗の耳朶に軽く口付けた。
「某はこうして政宗殿と逢う度に、政宗殿が今この乱世の時代…某と同じ時代に生まれてくれた事を有り難いことだと思うておりまする」
「アンタ…いつもそんな恥ずかしい事考えてやがったのか」
照れくさそうな声を出す政宗に構わず幸村は続けた。
「自分が粗忽者である事の言い訳にするつもりはありませぬが、生まれた日はいつであろうとたいした問題ではないと感じていたのでござる。今日という日まで政宗殿が生きていて、某の側にいてくださる。それが一番大切で一番有り難いことなのだと」
誕生日は覚えられなかったが、逢瀬の度に愛しい人がこの世に生まれ出でた事を感謝しているのだと。だから去年と此度の失態については許してはくれないかと真剣に許しを請う幸村に政宗は小さく笑う。
「しかし某、さすがに考えを改め申した」
「へぇ? そいつは殊勝な事だ」
「政宗殿が斯様に可愛らしい姿を見せてくださるのなら、誕生日という日も素晴らしいものでござる!」
「ッ……! マーグナムッ!!!!!!!!」
背後の幸村がへにゃりとだらしなく笑う気配を察した政宗の渾身の照れ隠しに、最後の一言は余計だったかと幸村は遠のく意識の中でぼんやりと思ったのであった。
終わり