「……落ち着いた?」
「ん……ごめん……」
どのくらいそうしていただろう。
気がつけばチグの洋服は自分の涙でぐしゃぐしゃに濡れていて、情けないし恥ずかしいことこの上ない。自分が幼かった頃ですら、こんな風に泣いて駄々をこねるような事はしなかったのに。
ずっと頭を撫でてくれていたチグに優しく声をかけられて気まずい気持ちにはなるものの、離れがたくてセリアは彼の腰に抱きついたままになっている。
「僕も急に変な話してごめんね。まさかこんなに嫌がられると思ってなかったから…」
気遣うような優しい声。
出て行くという彼の意思は固いのだろうか。恐る恐る、改めて確認してみる。
「……チグ、出ていかない…?」
「うん、行かないよ」
「よかった……」
即答されてほっと息を吐く。
「でも、本当にいいのかな? 最近セリアくん、夜全然戻ってこないから……その……恋人とか出来たのかと思ったんだけど……」
「あぁ……そういう誤解されちゃってたのか……」
その時が来たら、必ず気持ちを伝えなさい。
真剣なアルビンの声が脳内に蘇る。
もう覚悟を決めるしかないのかもしれない。今がきっと“その時”なのだ。
「チグ……その……えっとね……」
「うん?」
怖いけれど、伝えなければ。正直に。
「……あ~~……えっと……俺ね、ゲイなんだ。女の人じゃなくて、男の人が好きなの」
チグの顔を見るのが怖くて抱きついたまま言葉を続ける。
「それで……その………俺……チグのこと、好きなんだ……一目惚れした……」
頭上から小さく驚いたような声が聞こえた。それはそうだ。驚いて当然だろう。セリアの告白は続く。
チグがエオルゼアのこと全然知らなかったから、利用して、一緒にいてくれるように仕向けた事についても謝罪した。彼は自分を親切な人だと認識していただろうから、怒るだろうか。
「最近、夜いなかったのは……えっと……俺……ガマンの限界で…チグが隣で寝てたら、その……無理矢理抱いちゃいそうで、怖くて……」
自分でもらしくないことをしている自覚はあった。気に入った相手はすぐセックスに誘っていたし、断られても特に気にしたりしなかった。
でも、チグだけは違う。
きっかけは本当にただの一目惚れだったのだけれども、出会ったあの日、そのまま別れて二度と会えない事だけは絶対に嫌だと思ったのだ。
「俺、チグに嫌われたくない。一緒にいてほしい。一緒にいてくれるなら、セックスも我慢するから………こんな俺でも、一緒にいてくれる…?」
恐る恐る、チグの顔を見上げる。
瞳に映ったチグは、呆気にとられた様子で目を瞬かせていた。ひとまず、拒絶の表情でなかったことにセリアは安堵の息を吐く。
「……えっと……正直……驚いてるかな…」
チグは恥ずかしそうに軽く頭をかいた。
「……僕、そういう恋愛事とか疎くて……セリアくんが僕に抱いてる気持ち、その、実感としてよく理解できないけど……」
一呼吸置いて、チグは少し居住まいを正し、セリアに向き合う。
「僕も、セリアくんと一緒にいたいよ」
その言葉を聞いて、セリアの表情は一気に明るくなった。
「でもその、あの……セックスとか、そういう事はまだ、飲み込みきれてないから保留にしておいて欲しいんだけど……」
「それでもいい!! 俺、ガマンなら慣れてるから。一緒にいてくれるだけで嬉しい」
セックスしたくても出来なかったのはカザンの時と同じだから何も問題は無い。チグから『一緒にいたい』と言ってもらえた事が何よりも嬉しい。
「でもホント寝ぼけて襲いかねないから、夜にいなくても気にしないで。ごめんね」
「そっか……」
チグはどこか残念そうに相槌を打つ。
「だけど僕は……セリアくんがいないと、寂しいかな……」
「えっ」
全く想定外の反応にセリアは固まった。
我慢すると言った舌の根も乾かないうちに前言を撤回して今すぐ抱きたくなってしまう。どうしてそんな可愛らしい反応をしてくるのだろう。
セリアにとっては可愛くて仕方がない思い人だが、チグも立派な成人男性だ。『寂しい』なんて、普通に考えたらなかなか言えるような事ではない。
これは、これはもしかして、すぐには無理でもゆくゆくは体を許して貰えるのではないだろうか。淡い期待がセリアの胸を焦がす。
しかし、今はガマンしなければ。
「でも、セリアくんが僕と寝るのがつらいなら、仕方ないよね」
戸惑いながら欲望と戦っていて何も言えずにいたところ、何かを察したらしいチグが気を遣って話を収めようとしてくれている。
つらい、という訳ではないのだが、端的に言えばそういう事になるような気がする。セックスを我慢することがこんなにつらいとは知らなかった。折角気持ちを伝えてくれたのに、希望に応えられない事もつらい。セリアはただ謝ることしかできなかった。
「セリアくん」
チグがそっと自分の角をセリアの角にこすりつけてくる。意図がよく分からない行為に、セリアは戸惑いつつチグを見た。
「……アウラ同士でね、愛情表現をするときはこうするんだよ。その……他の種族がしてるキスと同じなんだって」
自分がよく分かっていない事を察したらしいチグが少し恥ずかしそうに意味を教えてくれる。
思い返してみれば、カザンも時々自分にしてくれた事があったような気がする。あの時は意味を聞いたけれども結局最後まで教えてもらえなかった。セックスには応えてもらえなかったけど、きちんと愛されていた事が今更ながらに分かって暖かい気持ちになる。きっとあの人では照れくさくて言葉に出すことが出来なかったのだろう。
「チグ! ありがと。嬉しい。大好き」
我慢しきれずにチグを思い切り抱きしめて口付けた。そっと触れるだけのソレだったけれど、自分にとって馴染みのある愛情表現はこちらの方である。
「これ、嫌じゃない?」
唇を離して至近距離でチグを見る。白い顔を鱗のキワまで真っ赤にしていて、こくこくと小さく頷いていた。時々してもいいかと問えば、戸惑いながらも了承してくれて、セリアは非常に上機嫌になる。つい先ほどまで子供のように泣いていたのが嘘のようだ。
「へへ、やった、嬉しい。嬉しいな」
改めてチグを強く抱きしめる。そっと自分の背にチグの腕が回された気配を感じて、セリアは幸せを感じていた。
おわり
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