「おはようございます……」
「うわ、チグくん酷い顔よ!? 眠れてないの?」
セリアとチグが暮らすアパートは、ウルダハの冒険者居住区内にある。
個人が建てたアパートで、共通で使えるキッチンと談話室があり、朝と夜はオーナー夫妻が有償ではあるが食事を振る舞ってくれる。セリアとチグは二人とも料理が苦手だったので、朝も夜もよほどのことが無ければ談話室で食事をとっていた。
談話室に入って早々、オーナーの奥さんであるヒヒャシャに寝不足を見抜かれてチグは肩をすぼめつつ席についた。
「ちょっと……色々考え事をしてたら眠れなくなっちゃって……セリアくん戻ってきてます?」
「セリアくんならうちの人と出かけていったわよ。買い出しのお手伝いをお願いしたの」
「そうですか……」
寂しいような、ホッとしたような、複雑な気持ちでチグはため息をつく。
「ねぇ、セリアくんと、ケンカでもしたの?」
「え?」
「最近あの子外泊多いじゃない? チグくんもそんな調子だし……」
心配そうな様子のヒヒシャに悪気はない。
夜に出かけて帰ってこないということ以外はいたっていつも通りで、楽しそうに話す様子も、過剰なスキンシップもいつも通りだ。
だけど。
「ケンカ……は、してないつもりですけど……うん、僕……嫌われたのかな……」
大事な人が出来て、自分は嫌われてしまったのかもしれない。邪魔なお荷物。そう思われているのかも。
考えたくは無かったけれど、その可能性が一番高いように思う。
「ヒヒシャさん、僕、ここを出て一人で暮らそうと思うんですけど、どこかいい部屋ないですかね?」
少し前から考えていたことではあった思いが自然と音になって外へ出た。
「えっ、え、どうしちゃったの急に」
「いや、ずっと考えてはいたんです。いつまでもセリアくんに甘えてたらいけないなって」
どうやら本当に喧嘩をしていて、いよいよ険悪な状態まできてしまっていたのか。大変な地雷を爆発させてしまったようだとヒヒシャが慌てた様子で説得してきたが、寝不足で頭が回っていないチグにはその言葉は届かない。
「とにかくチグくん、1度ちゃんとセリアくんと話し合いなさいな。今日の朝ごはんはサービスしてあげるから、これ食べて、そこの暖炉の前で少し休みなさい」
暖かいミルクとトーストされたパン、柔らかくて美味しいスクランブルエッグとデザートの干しりんご。素朴ないつもの朝ごはん。この料理もそろそろ食べ納めになる。
寂しい気持ちと眠気に耐えながらなんとか朝ごはんを食べ終え、チグは下げ膳もできぬままウトウトとその場で眠りについてしまった。
目が覚めると既に時刻は正午を過ぎていた。
いつの間にか暖炉の前のソファーに移動させられており、ブランケットまで掛けられている。オーナー夫妻はララフェル族なので、チグを移動させることは出来ないはずだ。
「お、目ぇ覚めたか。気持ちよさそうに寝てたんでな、セリアに運んでもらったよ」
オーナーのナバス・ユバスはキッチンで何か調理の仕込みをしていたようで、チグが目覚めたことに気づいて声を掛けてくる。
「ヒヒシャから聞いたが、ここを出たいってのは本気かい?」
「…………はい」
「ついにセリアに愛想つかしたか?」
「え?」
「いや、俺が口突っ込むような話じゃなかったな。わるい」
愛想を尽かされたのはセリアではなく自分の方なのに、どうしてそんな言い方をするのか分からなかったが、理由を聞く前にナバス・ユバスが話題を締めてしまったのでチグは聞き返す機会を失ってしまった。
ナバス・ユバスはどうやら部屋の話をするためにチグが目覚めるのを待っていてくれたらしい。聞けば、比較的近所に似たようなアパートを経営している友人がいるそうで、部屋に空きが出たら教えてくれるよう頼んでくれるそうだ。
「いつ空きが出るかはわからんが、それでもいいな?」
「はい、ありがとうございます」
「うちのにも言われたと思うけど、部屋の空きが出る前に一度セリアと話し合っておけよ。二人のことに口を突っ込む気はないが……俺はチグの事も気に入ってるからな。できれば出ていって欲しくないよ」
セリアよりもチグの方が気が利くし色々手伝って貰ってるからな! と小さな体でガハハと豪快に笑う。
チグもオーナー夫妻の事が好きだ。エオルゼアの事を何も知らなかったチグに、セリアと同様にとても親切に色々と教えてくれた。ここを離れるのはそういう意味でも惜しい。でも、セリアの幸せを邪魔したくない。
「僕、少し散歩してきます」
「おう、気をつけてな」
少し冒険者ギルドの方まで出かけて、ちょうどいい仕事がないか見に行こう。一人で生活するなら、今までよりもう少し仕事の数を増やした方がいいはずだ。
そうして出掛けたウルダハの街中でチグはセリアを見た。知らないアウラ族の男性と楽しそうに歩いており、まるで恋人同士のように腕を組んで仲睦まじい様子だ。チグが少し離れた所から見ているなんて気がつくはずもなく、二人はその場で軽く口づけて路地裏に消えていった。
(やっぱり……そうだったんだ……)
チグが想像していた人物とは見た目も性別も正反対の相手だったが、きっとあの人がセリアの恋人なのだ。あの人に会うために彼は毎晩出かけて行くのだろう。
まるで金槌に頭を殴られたような衝撃をうけて、チグはふらふらと帰宅した。
自分でもどうしてこんなにショックなのか理解しきれず戸惑うが、目にした光景が頭から離れない。
その光景を忘れたくて、チグは帰宅するやいなやそのままベッドに潜り込み固く目を瞑った。寝不足による疲労と精神的な疲労が重なったのか、その日は驚くほどすんなり眠りにつきそのまま朝まで目が覚めなかった。
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