セリアの帰りが遅い。
時計と窓の外を交互に見比べながら、チグは大きく溜息をついた。
セリアが今回の仕事に出かけていったのは昨日の昼頃である。普段はダンジョンへの討伐任務といった危険な仕事は決して請け負わない彼なのだが、以前一緒に仕事をした相手から「どうしても前衛が足りないから」と頼み込まれて仕方がなく了承したらしい。何事も無ければ今日の夕方には帰って来られるだろうと言っていた彼が、月が昇り星が出る時間になっても帰ってこない。
チグには戦闘に関するセンスがなかった。辛うじて使える治癒魔法を制御する事で精一杯なのだが、セリアはそうではない。格闘士としての腕はかなりある方だとチグが素人目に見ても感じるし、実際に周囲からの評価も高い。それでも彼が危険な仕事を請け負わないのは「冒険者として生きるコツ」だと言っていた。
『実力以上の仕事を請けないのはもちろんだけどさ、そうでない時も人って意外とアッサリ死んじゃうんだよね。俺はバカだからさ、報酬につられて危険な仕事を引き受けないようにってよく言われてたんだ』
生き残らなかったら報酬だってもらえないからね、と笑った彼の顔を思い出す。きっと無事に帰ってくると信じているが、不安で押しつぶされそうだ。
部屋で一人待つことに耐えきれなくなって、チグはアパートのロビーに移動した。すっかり夜も更けてもう誰もいないが、ここなら彼が帰ってきたらすぐにわかる。ソファーに腰掛け、手を組み目を閉じて必死に祈る。早く、無事に帰ってきますように。
ロビーには柱時計が時を刻む音だけが響いていた。カチコチと規則正しい音が続く中、外から小さい足音のような音がする事をチグの角が捉えた。
慌てて立ち上がり玄関の扉を開けると、同じように扉を開けるためドアノブに手を伸ばした姿勢で驚いているセリアと目が合う。衣服はすっかり傷んで血に汚れていたが、どうやら彼自身に目立った外傷はなさそうであった。
「セリアくんっ!! よかった…!!」
たまらず彼を思いきり抱きしめる。血と汗と砂埃の入り交じった匂いが鼻をつくが、彼が生きて帰ってきた証に他ならなくて嬉しさがこみ上げてくる。
「本当に……よかった……」
「心配かけちゃったね、ごめん」
無事に生きて帰ってきたことに安堵して彼の肩に顔をうずめると、強く抱きしめ返される。体温の心地よさにウットリしながら自分も彼を抱く腕に力を込めると、咎めるように名前を呼ばれた。はやり体のどこかが痛むのだろうかと慌てて離れようとしたが腰を強く抱かれて離れることは出来そうにない。不思議に思う間もなくセリアがチグの角に自分のそれをゴリゴリと強く擦りつけてきた。アウラ族同士での愛情表現の一つであるが、二人にとってのこれはもっと直接的な意味を持っていたので、チグは真っ赤になって体をこわばらせる。
「今すぐ抱きたい」
角に唇をつけて、欲に濡れた小さな声でセリアは囁く。それだけで自分の体の奥から快感が体中を走り抜けていく感覚をチグは実感せずにはいられなかった。
正直こうなるだろうという事は予測していたし、期待もしていた。滅多にないことであるが、こういった討伐の仕事を終えてきたセリアは、まるで獣のように激しくチグを抱く。だから、昨日彼が出かけてからなるべく食事もとらずに待っていたのである。
「部屋……戻って、準備しないと……」
本当は彼が本来帰宅するであろう時間に合わせて体の準備は済ませていたのだが、さすがに今すぐこの場でという訳にはいかないので、部屋へ戻ることを促す。彼にも体を清める時間が必要だろう。
静かに頷いたセリアは抱きしめていたチグを解放して足早に自室へと向かう。チグも慌ててその後を追って部屋に入ると、扉を閉める時間すら惜しいという勢いでセリアが唇にかぶりついてきた。
後ろ手でなんとか扉を施錠しつつセリアの口づけに応える。セリアにすっかり仕込まれたチグはこの行為が好きだった。舌を絡め合い唾液を交換して溶けあって、下半身で繋がる時とはまた別の、彼との境目がわからなくなるような感覚に酔いしれる。口づけに夢中になっていたらいつの間にか上着の前を寛げ始めたセリアが乳首を愛撫していて慌てて彼を引き剥がした。
「待って、ちゃんと準備しよう…? セリアくんはシャワー浴びて」
このまま致すのも悪くはないとほんの少し思ってしまう自分に驚いてしまうが、せめて血の臭いくらいは落としてもらわなければ。渋るセリアをシャワー室に押し込んでチグは厠へ入った。備え付けてある液剤で改めて中を洗浄する。数時間前にもキレイにしていたから、さほど汚れは出てこなかったけれども彼との行為の前に準備しすぎるという事はない。
「……ン、……ふっ……」
彼の物を欲しがって既に蠢いている秘肛にまずは自分の指を埋め込む。先ほどのキスのせいもあってか、すっかり柔らかくなっていたそこはあっという間に複数の指を呑み込んだ。
「はっ……」
これなら大丈夫そうだと指を引き抜くと自然と吐息が漏れてしまう。早くここに彼の熱を注いでほしい。もうそれしか考えられなくなってしまう自分が恐ろしくなってしまう。
のろのろと厠を出てもセリアはまだシャワーを浴びているようだった。おそらく自分が入ってくるのを待っているのだろう。早く繋がりたい一心でチグも服を脱いでシャワー室の扉を開いた。
「セリアくん、準備できたよ」
「うん、おいで」
優しく微笑みながらセリアはシャワーの水を止めてチグを招き入れる。アウラ族の男性らしい鍛え上げられた逞しい裸体をシャワーの水滴が滑り落ちていく。その色気にあてられながら
チグは吸い寄せられるようにセリアの腕の中に飛び込んだ。自分もこんな身体になりたくて鍛えてみたこともあったけれど、残念ながら遠く及ばない。小柄な自分は格好悪いと昔から思っていたが、今は彼の腕に収まることが出来る事に感謝すらしている自分がいる。
改めてキスの続きを強請り、思う存分堪能しながら彼の体を愛撫する。すっかり熱を持って固くなった局部同士が擦れ合うのも溜まらなく気持ちがよくてそれだけで頭が真っ白になりそうである。無意識のうちに腰が揺れて自分のそれを彼の物に押し当ててしまう。
「チグ、ダメだよ」
あまりの気持ちよさに達しそうになっていた所でセリアに咎められる。中断させられた事に対して不満はあるけれど、それはつまり、望んでいた刺激を得られる前触れでもあるのでチグは生唾を飲み込んだ。
ゆっくりと体制を変えることを促され、チグは壁にもたれかかるような形でセリアに尻を突き出している。
「あ、ああっ、ンッ……」
期待しいた通りの熱と刺激がチグを貫く。普段ならばこんな何もならさずに挿入する事なんてない。ビクビクと体を震わせて挿入の刺激に耐えるチグに構わずセリアは腰を引いてまた強く打ち付けた。
「あっ、あ゛、ぉ、んぐっ、うっ、ぅあ!」
セリアが激しく腰を揺するたびに自分でも聞くに堪えない汚い喘ぎ声が漏れ出てしまう。苦しいけれどそれ以上に気持ちがいい。いつも自分を気遣って優しく抱いてくれる彼が、本能のままに自分の体で快楽を得てくれている事を嬉しく感じてしまう。
挿入された時に白濁を吐き出していて、揺さぶられるままだらしなく揺れていた逸物をふいに握り込まれて一際大きな嬌声が出てしまった。
「ぁ、だめ、セリアくゆ、それ、やぁ…!」
「イイの間違いでしょ?」
「よすぎて、だめになっ……ぅン…」
前と後を同時に嬲られると何も考えられなくなってしまう。彼に触れられている所の全てが熱くて融けて消えてしまいそうだ。だから余計に体を支えるためにすがっている壁の冷たさが頭の片隅にひっかかる。この体位はあまり好きではない。セリアの顔も見られないし、キスだってできない。このままイクのは嫌だ。
「やだ、セリアくん、これやだ」
熱に浮かされて朦朧としながら訴えるがセリアは攻める手を止めようとしない。
「キス、したい、これ、やだっ」
素直に言葉にすれば、背後のセリアが笑った気配と共に繋がりを解く。荒い息を整えながら振り返ると望み通りに口づけが降ってきた。
軽いキスをしてすぐにセリアは離れて行き、シャワー室に置いている簡易的な椅子に座ってチグを呼ぶ。すぐに意図がわかったチグはそのまま彼の上に跨がり、再びセリアの性器を体に納めていく。重力も手伝って先程よりも深く繋がる感覚にチグは熱っぽい吐息を吐いた。
「チグはキス好きだよね」
「うん、すき……」
返答に満足したのか嬉しそうに笑ったセリアが再び深く口づける。口づけながら下から突き上げるようにしてチグの中も蹂躙する。
「キスだけ? こっちは嫌い?」
「ぁ、ぁ、す、きっ、これもすき、ひう゛!」
向かい合いながら座っているのに的確に好い所を突き上げられて濁った声が漏れてしまう。セックスは彼としかしたことがないのだが、比べる相手がいなくてもセリアの技術は卓越しているのだと感じる。そうでなかったらこんなに乱れてしまう理由が見つけられない。
口づけを深めながら次第にセリアの律動も早くなる。そろそろ一度達してしまってベッドに移りたい。少しでも多くの快楽を拾おうと下半身に意識を集中しているとふとセリアの動きが止まった。
「……? セリアくん?」
戸惑いながら彼を見ると、いたずらを思いついた子供のような無邪気な笑顔を浮かべている。そうして、よいしょと小さなかけ声と共に繋がったチグを抱えたまま立ち上がった。
突然体のバランスが不安定になってチグは慌ててセリアに思いきり抱きつく。流石に少し怖くて、自分の尻を支えているセリアの腕に無意識に尻尾を巻き付けてしまっていた。
「怖かった?」
「……びっくりした…」
「へへ、ゴメンね。このままベッドまで行こ」
信じられない提案を拒否する暇も無くセリアは歩きはじめる。狭い室内だ。シャワー室からベッドまでなんてほんの僅かな歩数なのだが、一歩進む度に奥を突かれ、落ちないようにと密着しているせいで彼の腹筋に意図せず性器が刺激されて、体験したことの無い快感がチグを襲う。
「あれ、イッちゃった?」
腕に巻き付いたままになっていた尻尾が力なくほどけ、チグが体を震わせながら体重を預けてきたのでセリアはどこか嬉しそうに声をかけた。チグは荒い呼吸を繰り返すばかりで肯定も否定も出来ない。
「ふふ、ホントえっちな体になっちゃったね」
一体誰のせいでそうなったと思っているのか。チグは文句のひとつでも言いたい気持ちになったが、未だ先ほどの快楽の余韻から抜けきれず呻くことしか出来ない。
セリアはそのままチグをベッドに沈ませ、改めてその上に覆い被さり再び腰を激しく振り始めた。
「ひっ…!! 待っ、セリアくっ…! ぁ゛…! まだ、まだイッてるから、ぁ、あっ!!」
「チグ……かわいい………」
うっとりと呟いたセリアは濃厚な口づけでチグの口を塞ぐ。ねっとりとした口淫とは正反対に、腰の勢いはさらに激しくなり、いやらしい水音と肉がぶつかる音が部屋に響き渡った。
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あれから一体どのくらい交わっていたのか。
気がつけばもう翌日の昼前になっていて、隣では気持ちよさそうな顔でセリアが眠っている。体はしっかりと清められているようだが全く記憶にない。どうやらまた自分は意識を飛ばしてしまったようだ。
セリアとの行為は気持ちいいし幸せなのだが、ほぼ毎回最後には意識を失ってしまうのが申し訳ない。
「んん……チグ…?」
「ごめん、起こした?」
まだ寝ぼけているのか、「ん~~」と呻きながらセリアがチグに抱きついてくる。ぎゅうぎゅうと苦しいくらいに抱きしめられてチグは身動いだ。
「チグ……ただいま……」
セリアの一言にチグは目を瞬かせる。そういえば昨日はなし崩しにそういう雰囲気になってしまったからきちんと言えていなかった言葉があった。
「おかえり、セリアくん」
おわり