xxxHOLiC

夢魔

+夢魔+


 夢を 見た。

 それが夢だと、なぜか俺には漠然とわかっていた。
 夢を夢だと自覚して見るというのは、なんとも妙な気分だ。
 夢の中の俺は、ひまわりちゃんも居ないのに無駄に浮かれていた。今日の弁当の中身は三角いなりからはじまり、アイツの好きな物ばかり気合いを入れて作ったのだと。普段の俺ならそんな風にアイツが喜ぶような事は絶対しないし、したくはないのだけれど。
 これは夢だから。悔しいけれど夢を見ていると感じている今の俺は、夢の俺と同調してしまって、なんだか浮ついた気持ちになっている。百目鬼に会うのが、ひどく楽しみだ。この弁当を食べて、あいつが一言でも美味いとか、そういった感想を述べたらご褒美にキスしてやろう、なんて巫山戯たことを考えてしまっている。
 とりあえず、いつまでも教室にいても仕方がない。ひまわりちゃんからは昨日、明日は一緒に昼食をとれないと聞かされていたから(と、このあたりの設定を何故か知っているのが夢の面白いところかもしれない)さっさと教室を後にする。もはや、教室から重い重箱を抱えて廊下に出たのが俺自身なのか夢の俺なのかわからなくなっている。わかるのは俺が一刻も早く百目鬼に会いたいのだという事だけ。

 勢いよく廊下に出て、きょろきょろとあたりを見回す。すぐ隣の教室の出口から百目鬼がちょうど出てくるところだった。
「ど…!」
 呼び止めようとして、言葉が詰まる。
 百目鬼が、見たことの無い女の子と一緒に歩いている。仲良さそうに、すぐ隣に並んで。俺の前でしか見せないようなかすかな微笑みをその口元に浮かべて。
 百目鬼は、その女の子と二、三言葉を交わしてから俺の方へ歩み寄ってきた。
「今日から昼飯、一緒に食えなくなった」
 百目鬼からの一言に、後頭部を鈍器で殴られたかのような鈍痛が走る。
「彼女できたのか?」
 できたのか? って何だよ、俺。こいつの恋人って、一応俺だろ?
「…悪ぃ」
 嫌だ。そんなの、嫌だ。
「なんでおまえに謝られないといけねーんだよ。ようやくこれで俺はひまわりちゃんとふたりっきりの昼食を満喫できるわけだし!」
 違う。何言ってるんだよ俺。
 俺の気持ちとは正反対の言葉を夢の中の俺は嬉しそうに紡ぐ。
「むしろおまえの彼女に感謝したいくらい!」
 違う! 俺は嫌なんだ!
「ほら、いつまでも彼女待たせてるんじゃねーよ」
「おう。悪ぃ。じゃあな」
 じゃあな。その言葉が無駄に心に突き刺さる。
 ちょっ…待てよ、行くなよ百目鬼! 俺が、俺が一緒にいたいのはッ…………!!

「四月一日、大丈夫か?」

 ハッっとした。
 それでも、百目鬼に夢の世界から引き上げられたのだと気づくまで数分かかかった。
「……ど……めき?」
 視界がぼやけているのは、きっと俺の視力のせいだけじゃない。
「うなされてた」
「……百目鬼……」
 おもわず、目の前の百目鬼の体に縋るように抱きついた。暖かい肌のぬくもりと臭いが、すごく辛い。
「…すげぇ……ヤな夢、見た…」
「大丈夫だ」
 ゆっくりと、優しく頭をなでられる。それすらも、辛い。
「俺はいなくならねぇ。約束する」
 …うなされながら寝言でも言っていたのだろうか。そう耳元に囁かれて抱きしめられる。涙が出そうだった。
 以前にもよく体調が悪くなったときには百目鬼を失う悪夢を見た。俺をアヤカシから庇って百目鬼が死ぬ夢。あの夢も、すごく辛い。けれど、今の夢も辛かった。百目鬼が別の誰かのモノになって俺の前からいなくなるくらいなら、いっそ俺を庇っていなくなって欲しいと思ってしまった自分が嫌だった。
「絶対だぞ。約束、やぶんなよ」
「あぁ、絶対守る」
 百目鬼が、何か続きを言おうとしていたが俺はその唇を自分の唇でふさいだ。深く口付けて、百目鬼の口腔を犯す。じわじわと燻り出す熱に俺は歓喜した。忘れてしまいたかった、さっきの夢を。
「俺、おまえが初めてだったんだからな」
「あぁ、俺もだ」
 まともな友達すら作れなかったんだぞ、俺。アヤカシのせいで。
「おまえしか、知らないんだからな」
「わかってる」
 だから、もしおまえに捨てられたら、俺どうしたらいいかわからなくなりそうだよ。頼むから、俺の前からいなくならないでくれ。
「百目鬼……」
 俺の熱が伝わるように、足を絡ませ腰を擦る。思っていた以上に百目鬼も熱を持っていて、俺は心底ほっとした。いつのまに、こいつにこんなにまで溺れてしまっていたのだろう。
 今俺の中で燻っている熱が温度を上げれば、きっと今日見た夢のことなんか考えている暇なんてなくなるだろう。
 俺は視界を閉ざして、百目鬼の指先の感触だけを追った。優しく、それでもじわじわと確実に百目鬼の手は俺を高みへと追いつめる。この手が好きだと思った。キスをしてくる唇が好きだと思った。百目鬼と、鼓動を重ねるこの行為が好きだと心底思った。

「……どうめき……好き…」

 ぽつりと呟いて、目を開ける。百目鬼の驚いたような照れたような、そして嬉しそうな微妙な表情がひどく愛おしかった。

―了―


実は、っていうほどでも無い話なのですが。私結構百四ではあまーい感じのばかり書いてるんですけど、切ない系とか悲恋系とかかなり好物なんですよね(´д*)<br>
ただ百四は原作があまりにもラブラブしているのでなかなかそっち方面の妄想をする隙がないという話です。甘々百四大好物ー!!(´Д
)

投稿日:2010-01-02 更新日:

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