++ despacio ++
あぁ、まただ。
すっと静かに伸びてきた手を払わずに、俺は静かに目を閉じる。
しばらくして、アイツの手がそっと眼鏡をずらすようにして俺の右目の眼帯に触れるのがわかった。
あれから、俺の右目が蜘蛛に盗られてからというもの、二人きりになると百目鬼は時々こうして俺の右目に触れる。本の虫の事件があってからは、ほぼ毎回必ずだ。
最初は何するんだとか、やめろとか、いつものように騒いでいたのだけれど、それも出来なくなってしまっていた。だってアイツ、すげぇ痛そうな顔するんだ。
だから俺は目を閉じる。あんな顔した百目鬼、見てられねぇ。
そろそろかな。もう気が済む頃だろう。
そう思ってぱっと目を開く。そこには、相変わらずらしくない顔をした百目鬼。すごく間近にあるその顔は、ピントがずれてぼやけているけれどらしくない顔をしてるのは分かる。それと、今日は俺が目を開けたから驚いてるのもわかる。
驚いて固まった百目鬼に、今日は俺から口付けた。軽い、触れるだけのキス。
「ほら、さっさと飯食えよ。昼休み、終わっちまうぞ?」
「………あぁ」
どこか憮然とした表情に変わった百目鬼は、箸をとり弁当に向き直った。
俺はいいって言ってるんだから、気にしなければいいのに。片目で生活するのは慣れたし。眼帯シールを貼るのはちょっと面倒だけど。
俺もまた、気を取り直して箸を握る。
微かに残るアイツの手の感触が、今日はやたらと暖かくて気になった。
―了―
前回よりもさらに短いSS。HOLiC連載91回を読んで、なんだかすごく切なくなって勢いで書きました。 時期的には虫事件(ぇ)から一週間後くらい? ………ま、原作ではトントン拍子に事件が起きてる(虫事件の翌日には猫娘に会い、その翌日には、、、みたいな?)感じですがそこはまぁ、二次創作だし。