xxxHOLiC

Key of Love

 侑子さんに言われて今年もチョコケーキ(ちなみに今年のリクエストはザッハトルテだ)を作っている最中に、アイツの顔を思い出した。
 アイツの分はどうしようかと一瞬悩んだけれどもすぐに考えることを中止する。確かに明日はバレンタインデーで、自分と百目鬼は俗に言う恋人同士という関係ではあるけれどもチョコレート菓子を贈らなければならないという訳でもないだろう。ちゃっかりとひまわりちゃんに贈る用の小さいケーキ型を別に用意しながら、俺はケーキ作りに再び集中し始めた。

Key of Love


「四月一日君、はいこれ。バレンタインのチョコレート」
「ひまわりちゃ~~~ん!! ありがとぉ~!!」
 可愛くラッピングされたチョコレートを幸せな気分で見つめて俺も用意していたケーキをひまわりちゃんに差し出した。
「俺もひまわりちゃんにチョコ作って来たんだ!」
「わぁ、ありがとう四月一日君。四月一日君の作るお菓子ってすごく美味しいから私大好き!」
 見ているこちらが眩しくなる笑顔で「大好き」なんて言われて嬉しくない人間なんていないんじゃないのだろうか。あんまり嬉しくてでれでれと照れていたら後ろから「阿呆」と聞き慣れた声がした。むっとして振り返ってみれば百目鬼がこちらに向かって手を突き出している。
「…なんだよ」
「俺にもチョコよこせ」
「お前の分はねえよ! なんで俺がお前なんかにチョコ作ってやらなきゃならねーんだ」
 本当は贈ってやらなければならないのかもしれないけれど、それを俺のプライドが許さない。昼休みに貰ったのか大量のチョコレートが入った紙袋を持っているくせにコイツは俺にチョコレートを要求する。こんなに沢山貰ってるんだから、いまさら要らないだろう? チョコなんて。
 まだ何か言いたげな百目鬼を遮るように予鈴がなる。
「じゃあそろそろ戻ろっか」
「そうだね! あ、俺が片付けるからいいよぅ」
 立ち上がり、広げていたビニールシートを片付けようとするひまわりちゃんの手を制して彼女に笑顔を向ける。未だに百目鬼からの射たい視線を感じたがそんな事は気にしない。急いで片付けて教室に戻らないと次の授業に遅れてしまう。
「じゃあ四月一日君、私先に教室戻ってるね」
「うん、またあとでねー!」
 笑顔で彼女を見送り、俺はてきぱきとシートや空になった重箱を片付けて歩き出した。後ろから相変わらず何か言いたげに百目鬼が付いてきていることに気づいたが、気づかないフリをした。

 百目鬼は放課後も不機嫌だった。と同時に、俺も不機嫌だった。
 学校から二人で並んで帰路を歩いているけれど会話なんか一言もない。
「……おまえ、本当にチョコ用意してないのか?」
 百目鬼の最初の一言がまだ「チョコ」に拘っていたのでさすがに俺も呆れてくる。
「してねーよ。だいたいお前、そんなに貰ってるんだからいいじゃねーか」
 俺なんかひまわりちゃんに貰ったチョコが一つだけだと言うのに、百目鬼の手には女の子から渡されたチョコがぎっしり入った紙袋が、二つ。去年より増えているソレに苛立たずにはいられない。
「お前からもらえないんじゃ意味がねぇ」
「…なんだよ、それ」
 欲張りな奴。そう小声で呟いて百目鬼から視線を逸らす。少し顔が熱くて、顔が赤くなっているのだろうかと思ったら余計に恥ずかしくなった。
「…四月一日、」
「ほら、コレやるよ!」
 何か言い出そうとする百目鬼の声を遮って俺は百目鬼の手に“ソレ”を握らせた。珍しくきょとんとした表情で百目鬼は手のひらの上の“ソレ”を見つめる。
「四月一日……これ…」
「…いらねぇのか?」
「いや、いる」
 即答して百目鬼は“ソレ”をポケットにしまい込んだ。
 また俺たちは無言になって歩き出したけれど、つい数分前とは空気が違う。明らかに百目鬼は上機嫌になっていて、時々何か思いついたかのようにポケットに手を突っ込んでは“ソレ”の感触を確かめている。その姿がなんだか面白くて、愛おしくて、俺は思わず微笑んだ。
「百目鬼、ちょっとスーパー寄るぞ」
「…?」
「チョコ、欲しいんだろ? そろそろ材料安くなってるかもしれないから作ってやるよ。何がいい?」
「チョコはもういい」
 満足げに口元をゆがませながら物言う百目鬼は、ポケットから先程渡した“ソレ”を目の前でちらつかせる。
「早くコレ、使いたいからな。さっさとおまえんち行くぞ」
「…阿呆ッ」
 やっぱり合い鍵なんて、作ってやらなきゃよかった。後悔してももう遅い。この今までかつて見たこともないような程上機嫌な百目鬼から、今更あの鍵を取り返す事は不可能だろう。
「俺がいるのに合い鍵使うのはおかしいだろ」
「使いてぇんだ。いいだろ?」
 ダメだって言ったって聞かないくせに。
 そう思ったけれども、それを言うことも無駄だろうと思ったから、仕方なく俺は百目鬼を連れて帰宅した。

―了―


合い鍵貰って嬉しそうな百目鬼が書きたかったのです。あれ? ていうかコレってバレンタインである必要性ない…?

投稿日:2010-01-02 更新日:

-xxxHOLiC

Copyright© 桜星 , 2024 All Rights Reserved.