パタパタパタパタパタパタ……
「四月一日」
パタパタパタパタパタ……
「四月一日」
パタパタパタパタ……
「四月一日!! いい加減にしなさい!」
「…え? あ、侑子さんどうしたんですか?」
ようやくハタキをかける手を止めて四月一日はきょとんとした様子で背後の侑子を顧みた。
「どうしたんですか? じゃないわよ。いつまで同じ所ハタキかけるつもり?」
「……あ」
侑子に指摘され、ようやくその事実に気づいた四月一日は気恥ずかしそうにまた別の箇所の埃を落とし始めるが、またすぐに手を振るだけの作業になってしまう。
「四月一日」
「あ、スイマセン…」
覇気のない返答に侑子は大げさに溜め息をついた。
「まったく…。一体何をそんなに考え込んでるの?」
「え、あ、いや……それは…」
微かに頬を染めた四月一日は俯いて言葉を濁すが、侑子はそんな四月一日をびしと一喝した。
「いいから白状しなさい!」
「………はぁ……」
観念したように溜め息をついた四月一日はしぶしぶと語り出した。
「…………昨日の話なんですけど……」
「ねぇねぇ四月一日君! 四月一日君って百目鬼君が好きなモノとか欲しいモノとか、何か知らない?」
下校しようと下駄箱で靴を履き替えていた所、ほとんど喋ったことも無いような隣のクラスの女子生徒に突然話しかけられて四月一日はぱちくりと目を瞬かせた。
「えっと……どうしてそんな事俺に聞くのかな?」
「だって、四月一日君いつも百目鬼君と一緒にいるじゃない」
まぁ確かに…、と四月一日は小さな声で肯定した。本当は否定したい気持ちでいっぱいなのだけれど、事実最近は毎日のように一緒に登校していて昼食も相変わらずひまわりを含めた三人で一緒にとっている。いつも一緒、と思われてしまっても仕方がない。
しかし。
「けど、何でまた突然…」
「うん。ほら、明後日って百目鬼君の誕生日でしょ? だから何か欲しい物をプレゼントしてあげたいな~って思って。ねぇ四月一日君、なんでもいいから百目鬼君の好きな物教えてよ」
「え………? あ、えっと……」
誕生日だなんて、初めて聞いた。四月一日は考えるように唸りながら困惑していた。去年は何も聞かなかった。もとい、去年の四月一日は百目鬼の事なんて知りたくもない! と思っていたから知らなくても当然なのだろう。けれども今は恋人同士という関係になったのだから、一言くらい言ってくれてもよかったのではないだろうか。
「四月一日く~ん!」
「えっ!? あ、ごめん!」
どれだけ黙り込んでいたのか。女子生徒の不満げな声ではっと四月一日は我に返る。
「俺もよくわかんないなぁ、アイツが好きな物とか」
「そうなの?」
「うん」
本心だった。百目鬼が好きなモノについて解ることといえば、好きな弁当のおかずとか、好きな味付けとか、そういったことばかり。
「しいて言うならいなり寿司が好きって事ぐらいかなぁ」
「そっか………」
「ごめんね、役にて立てなくて」
「ううん。いいの! 四月一日君ありがとうね~!」
そう言って走り去る彼女の後ろ姿を四月一日はぼんやりと見つめていた。
「ふぅ~ん、なるほど。百目鬼君の誕生日ねぇ……」
四月一日の話を始終ニヤニヤと笑いながら聞いていた侑子は楽しそうに目を細める。
「それで、四月一日は百目鬼君に何をプレゼントしてあげようか迷ってるって訳ね」
「ち、違いますよ!!! ただ百目鬼にはいつも…不本意ですけど世話になってるし、だから……」
(それじゃあ肯定してるようなものよ、四月一日)
顔を真っ赤にして口ごもる四月一日を眺めながら侑子は心の中でツッコミを入れる。まだぶつぶつと言い訳を言い続けている四月一日の言葉を遮るような形で、侑子は四月一日が手に持っていたハタキを奪い取った。
「…侑子さん?」
「四月一日、今日はもうバイト終わりでいいわ。家に帰ってゆっくり考えなさい」
「なっ…!! だから違うって言ってるじゃないですか!!」
「いいからいいから! ほらさっさと帰る!!」
ぐいぐいと背中を侑子といつのまにかやってきたマルとモロに押されて四月一日は半ば追い出される形で侑子の館をあとにした。
「…やっぱり来なけりゃよかったかな」
次の日の夜、百目鬼の自宅の前で四月一日は重箱を抱えて低く唸っていた。
結局、散々考えても良いプレゼントなんて思い浮かぶはずが無く、四月一日はいつものように重箱に弁当を詰め、ひなまつりだからという軽い遊び心で菱餅まで作ってきたのだ。
(あ、でも百目鬼だって家族と飯食いに行ったりするかもな…)
ここまで来て四月一日は百目鬼の自宅に来たことを今更後悔していた。考えてみれば、なにも連絡を入れずに来てしまったのだ。もしかすると出かけていないかもしれない。
急に不安になった四月一日がくるりと踵を返した時だった。後ろから聞き慣れた声に呼び止められる。
「入ってこねえのか?」
「おまえいたのかよ!!!!」
「おう」
大きな声を出す四月一日を気にもとめず、百目鬼は四月一日が持っていた重箱をひょいと掴みあげるとスタスタと家の中に戻っていってしまった。
「あ、こら!! 待てよ百目鬼!」
さすがに弁当を持って行かれてしまうとそのまま帰るわけにも行かず、四月一日は慌てて百目鬼の後を追う事にした。
「ごちそうさま」
重箱の中身を四月一日と百目鬼の二人で(とはいっても、7割は百目鬼の胃の中だ)平らげ、別に包んでいた菱餅にかぶりつきながら百目鬼は思い出したかのように呟いた。
「そういえばお前、今日は一体どうしたんだ?」
「え?」
「いきなり弁当なんか作ってきて、どこかぶつけたのか?」
酷く心配そうな表情で自分をのぞき込む百目鬼を見て、四月一日はあっけにとられた。まさか、この男は。
「百目鬼、お前……今日何の日か…」
「? ひなまつりだろ」
ほら、という風に百目鬼は半分食べた菱餅を指差す。その様子に四月一日は不安になった。もしかして、彼の誕生日は今日ではなかったのだろうか?
四月一日の不安げな顔を見て、ようやく思い立ったのだろう。百目鬼は「あぁ」と小さく声を上げた。
「俺の誕生日だったか…」
「忘れてたのかよ!!」
「おう。すっかり」
「こンの阿呆!!!!! 自分の誕生日忘れてるんじゃねえー!!」
百目鬼を思わず怒鳴りつけ、拳の一発でもかましてやろうかと腕を振り上げた四月一日だったが、百目鬼に器用にその腕を捕まれてぽすっとその胸に抱き込まれてしまった。
「ということは、さっきの弁当は誕生日プレゼントか?」
わざとらしく耳に息がかかるくらいの距離で囁くと、四月一日はカッと頬を染める。
「……悪ぃかよ」
「弁当じゃ、いつもと同じだろ?」
「…う…;」
作ってきた本人も同じように考えていたので、四月一日は言葉を詰まらせた。
「………じゃあ、何がいいんだよ、プレゼント」
昨日一日、延々と考え続けて何も浮かばなかったのだ。ここまで来たら本人に聞くしかない。
「そうだな…」
そう呟いて、少し考えるそぶりを見せた百目鬼は抱きしめていた四月一日の躯をくるりと反転させてそのまま畳の上に組み伏せた。
「おまっ……これだって、いつもと一緒だろ…!」
この状況の意図を察した四月一日は顔を真っ赤にして抗議する。
「一緒じゃねえよ」
「何が。何処が」
「…今日はお前に頑張ってもらうから」
「なっ……!! こ、この阿呆百目鬼!! 助平!!」
百目鬼の滅多に見せない厭らしい笑顔に四月一日は心底呆れるしかなかった。
「…お前に誕生日プレゼントくれてやろうなんて思った俺が馬鹿だった!」
=おはり=
なんだこの駄文ーorz とりあえず、百目鬼誕生日おめでとうなのだよ!!
実はこのオチの他にもっと違うエロ方面へ走るオチも考えてました。ちょっと時間と気力切れ、です(涙)