xxxHOLiC

日常-日常≠非日常

「……怪我…………させちまったから」

 と、限りなく不本意そうに顔を歪ませながら四月一日が弁当を突き出してきたあの日から、随分時が流れた。百目鬼の怪我はとうに完治したのだが、いつのまにか習慣になってしまったのだ。

日常-日常≠非日常

 四時限目の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡り、一斉に生徒たちが教室から溢れだしてくる。百目鬼もまたその一人だった。
「おい」
 丁度教室から出た所だったらしい四月一日を呼び止める。おい、という呼び止め方が気にくわないのだろう。四月一日はいつものように喚いていたが、百目鬼もまたそれをいつものように聞き流す。
「今日はどうした?」
「あ?」
「九軒」
 いつも四月一日が昼に声をかける九軒ひまわりの姿が見えなかったので問い掛けてみれば、四月一日はしゅんとうなだれる。
「今日は休みなんだ。風邪ひいたんだって。…ひまわりちゃん、大丈夫かなぁ」
「大丈夫だろ、九軒なら」
「うん………ってお前にひまわりちゃんの何がわかるってんだよ!!」
 折角励ましてやったのに、なんだこの反応は。百目鬼は少しむっとしながら四月一日から重箱の入った風呂敷を奪い取る。
「さっさと行くぞ」
「おう」
 怒鳴ったことで空腹に拍車がかかったのか、四月一日は珍しく素直に相槌をうった。

 もくもくと二人は黙って箸を進めていた。
 九軒を含めて三人の時は主に四月一日が一方的に彼女に語りかけているために賑やかだ。ところが今日のように百目鬼と四月一日の二人だけだと恐ろしいくらいの沈黙が辺りを支配する。
「…ん」
 ふと四月一日が声を発したので何かと思い彼を見ると、小さな魚の形の醤油入れを突き出された。ちょうど百目鬼が魚のフライを皿に取った所だったのでどうやらそれにかけろと言うことらしい。
「おう」
 百目鬼は素直に受け取って数滴醤油をフライにたらす。
 それをパクリと口に放り込み、しっかりと咀嚼して飲み込んでから百目鬼はぼそりと呟いた。
「やっぱ魚のフライにはタルタルソースだな」
 その一言に四月一日はむっと眉間にシワをよせる。
「文句があるなら食うな」
「………明日は肉じゃがにしろ」
「お前人の話ちゃんと聞けよ!!」
 百目鬼の発言に声を大にしてツッコミを入れるが相変わらず言われた本人は何食わぬ顔をして食事を続けていた。ここに九軒がいればきっと「仲がいいんだね」と言うに違いないが、彼女は今日は休みである。
 いらいらした気分を持て余した四月一日はどすりと音を立てて座り直し、そっぽをむく。
「ご馳走様」
「おう」
「四月一日」
 突然名前を呼ばれて、四月一日は思わず百目鬼の方に振り返った。
「少し寝る。膝貸せ」
「…え? あ、おい!」
 四月一日の承諾を待たずして百目鬼はごろりと寝転がった。もちろん、四月一日の膝を枕にして。
「百目鬼、コラッ! 俺まだ弁当…」
 怒鳴り途中で、はたと気付く。百目鬼が小さく寝息をたてていることに。
「百目鬼…? おーい」
 ぷにぷにと人差し指で頬をつついてみても百目鬼は眠ったままだ。
「…………のび太みてぇ」
 素直な感想が四月一日の口からぽろりと漏れた。気持ちよさそうに眠る百目鬼に、四月一日の怒りも徐々におさまってきたようだ。
「……ま、いいか」
 眠る百目鬼を起こさぬよう細心の注意を払いながら紙の皿を自分の隣に置き、四月一日もまた眠ることにした。そんな二人が目を覚ました時にはもう放課後で、四月一日が大騒ぎをしたというのは、また別の話である。

―了―


二年前に発行した同人誌「Day After Day」に収録していた書き下ろし小説です。
テーマは熟年夫婦でした(笑)醤油を「ん」と渡して「ん」と貰う…みたいな(笑)

投稿日:2010-01-02 更新日:

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