ボールの弾む音、生徒達が走る音、笛の鳴る音を近くで聞きながら、四月一日は息を大きく吸い込んだ。放課後の体育館ではバスケットボール部が練習に励んでいるようである。
「んっ……は、ぁ…ちょ…まっ」
「あ?」
一体どうしたんだ、と目で語りかけてくる百目鬼を四月一日はは必死で押し返そうと試みる。
「あ? じゃねぇよ、お前ここどこだと…」
「体育館倉庫」
いつもの無表情であっさりと即答した百目鬼に四月一日は慌てた。
「わ、わかってんなら止めろって!」
慌てながら服の中に潜り込んでいる百目鬼の悪戯な手をひっぱり出そうとするものの、百目鬼に壁に押さえつけられているという妙な体制の所為かなかなか上手くいかない。
「だ、誰か来たらどうすんだyひぁッ!」
服の中にある百目鬼の手が胸にある突起を掠めて四月一日は思わず声をあげてしまう。その声に気をよくしたらしい百目鬼は執拗にそこを弄りはじめる。
「だ…からっ…やめッ…!」
息も絶え絶えになりながらも抵抗する四月一日に百目鬼は楽しそうに口元を歪ませる。
「どうせ誰もこない。心配すんな」
「な、んで…ンなこと…」
不思議そうに問われて百目鬼は軽く息を吐く。
「さっき、入ったときに鍵締めた」
「なっ…!」
「あと、ここは役員以外立ち入り禁止になってる」
そういえば…と四月一日は自分の記憶をたどる。
役員の急な用事が出来たから放課後に手伝えと、昼食を二人で食べていたときに命令されて、しぶしぶ付いてきたのだ。この体育館倉庫に。
この学校の体育館には倉庫が二つあった。一つは部活や授業で主に使う倉庫で、もう一つは体育祭等の行事の時にしか使用しない用具や機材が保管してある倉庫である。後者は特別なときにしか使用しないため、普段は立ち入り禁止。鍵も委員会で管理されているのである。
「鍵もスペアも含めて俺が全部持ってきたから、外から開けられる心配もない」
(こいつ、はなっからそのつもりで…)
用意周到な百目鬼に開いた口がふさがらない四月一日をしりめに、話は終わったとばかりに百目鬼は四月一日の服を脱がしにかかる。
「あぁもう! だからヤダって言ってるだろっ!」
「あんまり大きな声出すと、誰かに勘付かれるぞ」
大きな声を上げて抵抗を始めた四月一日の耳元にそっと囁くと、四月一日は顔を真っ赤にさせてあっという間に静かになる。その様子に百目鬼はいたく満足げだ。
「……嫌なもんは、嫌なんだよ…」
四月一日が小さな声で呟くので百目鬼はしかたなくその体を解放した。
あんなに必死に抵抗しても剥がれなかった百目鬼が、あっさりと自由を許したので四月一日は呆気にとられる。
「そんなに俺とするのが嫌なら、もういい」
「えっ…」
いつもよりも低い声のトーンで一言告げると百目鬼は踵を返す。その様子に四月一日は思わず慌てた。
「ちょ、ちょっと待てよ百目鬼!」
「なんだ」
振り返らずに立ち止まった百目鬼の側に近寄り、その制服の裾をそっと掴む。
「別に、お前と……したくないわけじゃ…ない」
乱れた自分のシャツをそわそわと直しながら、小さな小さな声で告げる。
「ただ…ここじゃ、嫌だ…」
ここ、という言葉を強く強調して四月一日は言った。その顔は先程よりも赤くなっている。
「…お前はいつもそれだな」
「……ん?」
未だにこちらを振り返らず、怒りを含んだ声音の百目鬼に四月一日は首を傾げた。
「俺の家だと『百目鬼の両親に聞こえるかもしれないから嫌だ』、お前の家だと『お隣に聞こえるかもしれないから嫌だ』、ホテルに行こうとすれば『入るのが恥ずかしいから嫌だ』、いったい何処ならいいんだ」
矢継ぎ早に言われて四月一日はうっと言葉に詰まる。
「“ここ”なら人は来ない。声も多少抑えればすぐそこでバスケ部が練習してるから外の連中には気付かれない。何が嫌なんだ」
言い返せない四月一日に構わず百目鬼は続ける。
どうやら涼しい表情からは想像できないほどいろいろなものが溜まっているらしい。らしくもなく饒舌だ。
「お前の可愛い声が満足に聞けないのが俺にとっては残念だが、何が不満なんだ」
「えっと………百目鬼…おまえ、もしかして…怒ってんのか?」
四月一日がおそるおそる尋ねるとすぐに答えが返ってきた。
「怒ってるし、溜まってる」
「うっ…」
ここで漸く百目鬼は四月一日の方に向き直った。その眉間にはしっかりと皺が刻まれていて、怒っているのは明白だった。
「もう二週間してない」
ぐいっと四月一日の腰を引いて、鼻先がつきそうなくらいに顔を近づけて百目鬼は言う。四月一日の頬が染まる。
これでも一応二人は恋人同士なのだ。もちろん四月一日だって百目鬼とセックスしたいと思った夜はあったし、彼と同じように溜まっている。けれど。それでもやっぱり恥ずかしかったのだ。
「おまえさ…」
「あ?」
観念した四月一日は口を開く。眉間に皺をさらに寄せた百目鬼に、意を決して四月一日は唇を重ねた。
「おまえさ、もうちょっと強引でいいよ」
唇を離して、百目鬼に抱きついてから四月一日が呟く。
「おれが恥ずかしがるのなんて、いつものことだろ?」
察しろよと呟いて再び四月一日から唇を合わせる。今度は先程のように軽いものではなく、深く舌を絡ませた。百目鬼に口づけていたはずが、いつもまにかペースを奪われ百目鬼に口づけられる形になり、そのまま側にあった緑色のマットの上に押し倒される。四月一日にもう抵抗の色はなかった。
「ぁ…百目鬼っ……」
下着の上からすっかり硬くなった自分を触られて、四月一日は小さく息をのむ。
「なんだ、お前も溜まってるみたいだな」
「…阿呆ッ」
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「なぁ、百目鬼」
いそいそと乱れた衣服を直しながら、四月一日は同じように背後で衣服を整えている百目鬼に声をかける。特に彼からの反応はなかったが、四月一日は続けた。
「その…俺もさ、悪かったから…今度からはこういう所っつーのはナシにしてくれよ」
百目鬼からの反応はない。まだ怒っているのだろうかと四月一日は不安になる。
「…考えとく」
「考えとくって何だよ!!」
少々楽しそうな声音の返答に四月一日はおもわず振り返って百目鬼の後ろ姿を睨め付けた。その反応さえも楽しそうにしている百目鬼に四月一日はむぅと言葉を詰まらせた。とりあえず、機嫌は良くなっているらしい。
さてどうしようかと四月一日は少し考えて、百目鬼の背中にそっと抱きついた。
「どうした?」
「あのさ…百目鬼、今日部活は…?」
少し恥ずかしそうな四月一日を不思議に思いながらも百目鬼は休むと答える。
「じゃ…じゃあさ……その…」
「なんだ」
「こっ……これから、えと………ほ……ホテル、行かねえ?」
予想もしていなかった言葉に百目鬼は目を見開く。
「大丈夫か? 頭」
思わずとんでもない言葉が口から飛び出す。それでも四月一日は特に怒ることもせずに続けた。
「んと…怒らせちまった詫び…かな。つーか」
言葉を途切らせ、口籠もる四月一日の言葉を百目鬼は静かに待つ。
「………いっ……一回じゃ、た、足りない」
四月一日は自分で言って恥ずかしかったのか、最後にはぎゅっとさらに強く抱きついてきた。可愛い反応に百目鬼はその場に再び押し倒したい衝動に駆られたが、なんとかその衝動を抑えつけ一言わかったとだけ答えた。
こんなに可愛い四月一日が見られるなら、我慢した甲斐があったと百目鬼はにやりと不敵に笑うのであった。
次の日。
体育館には腰が全く言うことを聞かなくてしぶしぶ体育を見学する四月一日の姿があったそうな。
―了―
本番も書く気満々で書き出したのに、気づいてみれば随分字数があったので全面カットしちゃいました(笑)