『今日は6時に終わるから待ってろ』
『ん、わかった』
『見学するか?』
『やなこった!』
四月一日はぼうっと窓の外を見つめていた。放課後の教室には四月一日の姿しかない。その瞳はどこか熱っぽさを含んで、外のただ一点を見つめている。
四月一日の視線の先には弓道場があった。この教室からだと弓道場をちょうど見下ろすことが出来るのだ。
すっと柔らかな弧を描きながら矢が的の中心を貫く。
(あ、あれ百目鬼のだ)
迷いのない一閃がまるで的に吸い込まれているかのように宙を走る。
ここからでは彼が射る姿は見えないけれども、目を閉じればしっかりと瞼の裏に浮かび上がってくる。射るべき的だけを見る、真剣な眼差しとそのたたずまい。
「こんなはずじゃ…なかったのになぁ」
はぁ~と盛大に溜息を付いて四月一日は机に突っ伏した。その頬はうっすらと桃色に染まっている。
先程の的のように、自分も彼の矢に射抜かれてしまった。それは四月一日にとっては非常に不本意な事ではあったが、どうしようもなかった。
あの射るようにまっすぐな眼差しで見つめられて、まっすぐな言葉をぶつけられて、拒むことなんて出来ただろうか。
(うっ…思い出しちゃったよ…)
百目鬼に告白されたときのことを思い出して、四月一日は顔を真っ赤にさせ机にゴンと痛そうな音を立てて額をぶつける。
「…なに机に頭突きかましてんだ?」
「うわっ!!」
突然頭上から振ってきた百目鬼の声に四月一日は飛び上がった。
「わわ、お、おまっ…いつのまに!!」
「いまのまに」
さらりと答える百目鬼に、四月一日はあわあわと赤くなっていた顔を隠そうとする。ふと教室の時計を見ると、かなり時間が経っていて、随分と物思いに耽っていたらしい。
「お前、俺のこと見てただろ」
「うぇ!?」
気付かれていた、そう思っただけでまた顔が赤く、熱くなる。
「……ッ! さっさと帰るぞ!!」
恥ずかしさを怒ることで紛らわして、四月一日は勢いよく立ち上がる。その弾みで座っていた椅子がガタンと後ろに大きな音を立てて倒れた。
「何やってんだ阿呆」
「うるせー!!」
そもそもお前が悪いんだッ! 心の中でそう悪態を付きながら、がに股気味に四月一日は出口へと向かう。
「おい、椅子」
「おまえが直しとけよ!」
百目鬼の溜息を背中に聞きながら四月一日はどこか楽しそうだった。
どうしても百目鬼を目の前にすると素直になれない。本当は一緒に帰れて嬉しいのに、そんなことは絶対に口に出せない。
「ほら、さっさとしろよ!」
満面の笑みで振り返った四月一日に、百目鬼は唖然として立ちすくむ。
「どした?」
「…いや」
「ほら、帰るぞ」
「あぁ」
急に機嫌が良くなった四月一日の手を取り、百目鬼はぐいと引き寄せる。
「好きだ、四月一日」
「ああ、知ってる」
俺も、と続けることはまだできなくて。
それでも確かに二人の間には甘い空気が流れていた。
―了―
素直じゃない四月一日がいいのです。素直じゃないから可愛いのです。いえ、もちろん素直な四月一日も大変可愛いですはぁはぁ。
百目鬼的には四月一日の全てが可愛いのです。はぁはぁ(暴走気味)