「じゃあおれは中庭で待ってるよ。天気もいいし」
そう言って四月一日はにこりと微笑んで見せた。百目鬼は詫びる変わりに四月一日の頭をくしゃりとなでる。その手を恥ずかしそうに振り払って、四月一日は逃げるようにその場を後にした。
珍しく昼に行われた委員会の全体委員会を終えた百目鬼は小走りで中庭へと向かっていた。
九軒は委員会の顧問の先生に頼まれた仕事があるから今日は四月一日達と一緒に昼食をとらないらしい。
(九軒が来ないって言ったら、どんな顔するだろうな)
以前の四月一日ならば大げさに落胆した後で、不機嫌な様子を隠そうともせずにぶちぶちと文句を言ったに違いない。
今の四月一日ならば、どんな反応をするのだろう。
百目鬼は軽く口元を緩ませながら中庭へと急いだ。
「四月一日。悪い、遅くなっ………た…」
中庭の芝生の上に青いビニールシートを確認して、駆け足で駆け寄った百目鬼は言いかけていた言葉を詰まらせる。
見れば四月一日は背中を木の幹にもたれて小さく寝息を立てていた。確かに今日はぽかぽかとした良い陽気だし、うたた寝をしたくなる気持ちも分かる。しかし。
(やばい寝顔…)
俯いて眠る四月一日の前髪に百目鬼はさらりと指を通す。四月一日は少し擽ったそうに眉根を寄せたが、それでも眠り続けている。ん、と少しだけ呻く四月一日はひどく色っぽい。
(まつげ長ぇな)
斜め上から見下ろしている所為か、余計にそう感じる。
このまま眠る四月一日を見ているのも悪くないと思った百目鬼だったが、それで昼飯を食べ損ねるのはいただけない。
「おい。起きろ」
軽く肩を揺すってみても四月一日は起きる気配がない。ムッとする反面、そんなに疲れているのかと百目鬼は少し心配になる。
どうにも起きる気配のない四月一日に、百目鬼はどうしたものかと考え込む。しかしすぐに何かを思いついたのか、にやりと小さく笑った。
「おい、四月一日」
もう一度呼びかけてみるが、それでも四月一日は眠ったままだ。
四月一日がまだ起きていないことを確認して百目鬼はそっと唇を寄せた。
優しく触れるだけのキスでは四月一日が起きなかったので、百目鬼は無理矢理舌で四月一日の唇をこじ開ける。
「………ん……んん…?」
(…………ぇ、ちょ……待った、ちょっとコレどういうっ…!)
漸く目を覚ました四月一日が慌てて百目鬼を押し返そうとしても、もう遅かった。すっかり腕の中に抱き込まれた四月一日が暴れれば暴れるほど深みにはまっていく。
「…ど、ど…めき………一体…何して…」
漸く長いキスが終わって、四月一日は肩で呼吸をしながら百目鬼を睨め付ける。折角弁当の用意をして待っていたのに、気付けば口付けられているなんて。
(…ん、ていうか俺、もしかして寝てた…?)
ここについて待ち始めて、百目鬼がここに来た記憶がない。
「お前が何回呼んでも起きないからだ」
(や…やっぱり……)
百目鬼の一言に四月一日は気まずくなって目線をそらせた。
もしかしたら怒らせてしまったかもしれない、と不安になっているとそっと優しく頭を撫でられた。
突然の、予想外の出来事に四月一日は呆けた顔をして百目鬼を見上げる。そこには、相変わらず眉間に皺を寄せた百目鬼の顔。
「……百目鬼?」
「あんまり無理するなよ」
「…え?」
「今日の弁当は?」
話は済んだとばかりに重箱の入っている風呂敷に百目鬼は手を伸ばす。
(……もしかして、心配してくれた?)
百目鬼と一緒に弁当の準備をしながら、辿り着いた結論に四月一日は軽く頬を染める。
無理なんてしているつもりはない。こいつや、ひまわりちゃんの為に早起きして弁当を作るのはもう日課だし、二人とも喜んでくれるから作り甲斐がある。と、いっても百目鬼は相変わらず無表情で味に関しては何もコメントしないけれど。
そんな事を思いながら四月一日は恋人の為に用意した三角形のいなり寿司を口に放り込んだ。
―了―
これまた駆け足で書いてしまったのでいろいろと(特に後半)イッパイイッパイな物が出来上がってしまいました。
木漏れ日の下、なのに、別な物しか頭に浮かんでこなくて大変でした…。その別な物は忘れた頃にアップしますよ。たぶん。