xxxHOLiC

カプチーノと洋菓子と貴方と、

「静ー! 貴方に電話よー」

 自室で明日の授業の予習をしていた百目鬼は母親の声に顔を上げた。
 百目鬼は今時の高校生にしては珍しく携帯電話という物を持っていなかったから、何か用があるのなら家に電話が来るのは当たり前なのだが、そもそも電話が自分にかかってくる事すら珍しい。
 ノートを閉じて電話のある廊下へと向かうと受話器を持った母親が急かすように手招きしている。
「ほら、四月一日君からよ」
「……四月一日から?」
 きっと学校からの連絡網か何かだろうと決めつけていた百目鬼は母親の口から聞かされた予想外の名前に目を丸くした。

カプチーノと洋菓子と貴方と、

「百目鬼悪かったな、急に呼び出して」
 電話で呼び出された百目鬼が四月一日の部屋の扉を開けるとと、彼はひどくご機嫌な様子で微笑みながら百目鬼を出迎えた。普段ではあまり考えられない光景に百目鬼はやはり目を丸くする。
「おまえ、何か変なものでも食ったのか?」
「…はぁ? なんだよ突然」
「じゃあ頭でもぶつけたのか?」
「お前何が言いたいんだよ」
 百目鬼の言葉にもいつものように声を大きくすることもなく、四月一日はただ表情だけで不満そうに顔をしかめた。
「まぁいいからさっさとあがれよ」
 四月一日に促され、困惑したままの百目鬼は部屋に上がりちゃぶ台の前に腰を下ろす。
「昨日な、商店街のくじ引きでエスプレッソマシン当たったんだ。折角だしお前に毒味させてやるから、ちょっと待ってろ」
 そう言いながらはやりご機嫌な四月一日はいそいそと台所でそのエスプレッソマシンとやらの準備をしている。

 百目鬼はご機嫌な四月一日に困惑せずにはいられなかった。今も台所にいる四月一日は楽しそうに鼻歌まで歌っている。突然の電話と四月一日の異様な態度に、最初はアヤカシ絡みかと疑ったが本当に楽しそうなその姿を見ると、どうもそうでは無いらしい。
 一体何があったのだろうと百目鬼が悶々と考え込んでいると、美味しそうな香りと共に四月一日が居間に戻ってきた。
「お待たせしました。当店自慢のカプチーノとアップルシナモンロールです」
 そう言って四月一日は花が咲くようにふわりと微笑んだ。その可憐な表情に百目鬼は思わず見とれてしまう。
「……やっぱりどっかぶつけたんだろ」
「なんだよホント失礼な奴だなぁ! 折角人が機嫌いいのにさっきから!」
 機嫌がいいから心配なんじゃないか、という言葉を飲み込んで百目鬼は溜め息をついた。これ以上何かいって本当に四月一日の機嫌を損ねてしまうのはきっと得策ではない。
「ほら、まだシナモンロールもあったかいからさっさと食べろよ」
「おう」
 四月一日に促されて目の前のシナモンロールに手を伸ばしたところで百目鬼はカプチーノのカップに気付き思わず手を止めた。
「…お前、これ」
「凄いだろ? 結構練習したんだ、ソレ」
 飲むのちょっと勿体ないよな、と言いながら四月一日は自分のカップに口を付ける。
「わざわざ練習したのか?」
「…悪いかよ。嫌なら入れ直すけど?」
「いや、飲む」
 あからさまに表情を歪めて百目鬼のカップを取ろうとした四月一日の手を払って百目鬼も可愛らしくハートが描かれたカプチーノのカップに口を付けた。その様子を頬杖をつきながら四月一日は嬉しそうに見つめている。その視線に少し照れながら百目鬼はシナモンロールを手に取りぱくりと一口かぶりつく。ふわふわの食感とシナモンの香り、林檎と砂糖の甘みがとても優しい。
 ぱくぱくと食べ続ける百目鬼の姿に四月一日は満足そうに微笑んだ。
「その様子なら明日侑子さんとこで作っても大丈夫そうだな」
 本当に毒味だったのか、と些か残念に思いながら百目鬼はカプチーノを口にしてふと思う。
「これもあの人の所で作るのか?」
「あぁ、この重い機械持って行かないといけないからちょっと面倒だけどな」
 そこで四月一日は百目鬼が先程よりも顔を顰めていることに気付いた。
「心配しなくてもそんな模様のカプチーノ、お前以外に作ったりしねぇよ」
「…そんな心配してない」
 どうだかなぁ~と茶化すような声を上げながら笑う四月一日を無視して、百目鬼は照れ隠しのようにシナモンロールを食べ続けた。

―了―


予想外に長く…! 私もハートとか描いてあるカプチーノ飲みたいデス。

投稿日:2010-01-02 更新日:

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