「おーーい! ディアスさーーん!」
遠くから駆け寄ってくるクロードから発せられた言葉に、ディアスは石のように固まった。
「…クロード…お前…今、何と言った?」
「…何って…。ディアスさんって呼んだだけですよ」
クロードの口から出てくる言葉は…敬語。
初めてあったときからクロードはディアスに敬語を使ったことなんて一度もなかった。だから余計にディアスは眩暈を感じる。
ディアスはクロードの腕をグイッと引き、にこにこ微笑んでいるクロードを睨み付けた。
「…一体どういうつもりなんだ」
じろりと鋭い目で睨み付けられて、クロードは苦笑いをする。
「だってさ。僕とディアスって、六歳も年が離れてるだろ?だからたまには敬語を使ってみても良いかな~って思ったんだ。……駄目?」
「駄目だ」
「どうして? 別に良いだろ?」
「駄目だ」
「…うー…。じゃあさ、明日の朝まで! ね、お願い♥♥」
語尾にハートマークを付けてクロードはディアスにお願いする。ディアスはしばらく悩んだあと、諦めたようにため息を漏らし、静かに頷いた。
「やった! 有り難うございます、ディアスさん♥♥」
その一言を聞いて、がくっと肩を落とすディアスであった。。
確かに、クロードがディアスに敬語を使っても、別に対して困ったことは無い。だが、今までずっと親しく話してきたのに急に敬語になると…ディアスでなくても違和感を感じるだろう。
だがディアスにとって問題はそんな所ではなかった。クロードは明日の朝までと言っていた。
と、言うことは、今夜二人で寝るときまで敬語なのか!? なんてコトを考えてしまったディアス(笑)
実はディアスは三日前の夜、少しクロードを苛めすぎてしまって怒った彼から三日間おあずけ宣言(笑)をされてしまったのである。その解禁日(爆笑)が今夜なのだった…。
まだ怒っているのか? なんて頭を抱えて、とりあえずディアスは昼寝をすることにした。
ディアスはどのくらい寝ていたのか。目を覚ますと辺り一面オレンジ色に染まっていた。
ベッドの上でごろりと寝返りを打ったあと、のそりと面倒くさそうに起きあがり、ぼさぼさになった前髪をかき上げてベッドに腰を下ろす体制になる。少し、頭痛がする。
「ディアスさん? 起きたんですか?? もうご飯ですよ」
頭痛の原因の登場にディアスは再び頭を抱え、ため息をついた。クロードはそんなディアスの様子を見ててくてく歩み乗ってくる。
「…ディアスさん? どうしたんですか?」
「…っ…もういい…。それ以上しゃべるな……」
「え? …あ、はい…」
ディアスは立ち上がり、ぽけんとしているクロードの頭をぼすっと叩いて部屋を出ていった。
一方クロードは叩かれた頭を両手で押さえてしばらくドアを見つめて首を傾げる。そしてぱたぱたとディアスの後を追って部屋を出ていった。
いつもの食事風景。
ただ一つ…違うところは……
「セリーヌさん、あの二人…喧嘩でもしたんですかね?」
「さぁ…私にはわかりませんわ…」
いつも必ず隣同士で座っているディアスとクロードが、どういう訳か今日はお互いだいぶ離れたところに座っている。どちらかと言えば、ディアスがクロードを避けているような印象を受けた。
コレならば…喧嘩しているのかと思われても不思議ではない。
結局そのまま何となく不思議な雰囲気のまま食事の時間は過ぎていった……
ディアスはベッドの上で頭を抱えていた。
今、悩みの種のクロードはシャワーで汗を流している。
いっそのことこのまま寝てしまって、明日まで我慢しようか…
でも…
でも…
…珍しく心の中で葛藤するディアッさん。…少し可哀相(笑)
「ディ~アス、さんっ♪ あがりましたよ♥♥ 次はやく入ってくださいね」
ディアスがうーんうーんと唸っているうちにクロードはバスローブに身を包んで現れた。
クロードの白い肌はうっすらと上気して桃色に染まり、水滴を少し残している。濡れた髪からは雫がぽたぽたと零れていた。
唸っているディアスを見つめ、小首を傾げる姿が何とも愛らしいのだが……
「ディアスさん?? …わっ」
ディアスはもうどうしたらいいのか分からなくなってクロードをベッドに押し倒した。
「ちょっ…ちょっと! いきなり何するんぅ…」
ディアスはクロードの唇を塞ぎ、バスローブの紐をとく。初めは抵抗していたクロードもすぐに抗うのをやめて、ディアスのされるがままになっていた。
「ん……」
「クロード…」
耳元でそっと囁いたディアスはクロードの肌をゆっくりと撫でていく。
風呂上がりのクロードの肌は普段よりさらにしっとりとディアスの手に馴染む。
暫く肌をなで続けていたディアスだったが、しばらくしてその手をとめた。
「…ディアス…さん? どうした…んですか?」
困惑した顔で紡がれる言葉は、何処かぎこちなくてディアスは思わず笑みを漏らす。クロードも無理をして敬語を使っているのだろう。
「無理して敬語を使わなくてもいいぞ、クロード」
「なっ!! 無理なんかしてません!」
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべるとクロードはむっとした表情で反論してきた。それがおかしくて、今度は声を立てて笑う。
「なんで笑うんだよぉ~! もぅ、ディアスの莫迦っ!」
「ほら」
「あ……」
しまった、という顔でクロードは自分の口を両手で塞ぐ。その仕草が可愛くて、ディアスは再び笑い出した。
「………なんなんだよ、もう…」
クロードはもう諦めた様子で頬を膨らませた。ディアスは笑うのをやめようとしない。ディアスの笑顔を見ることができるのは嬉しいけれど、やっぱり自分が笑われているのでは面白くない。
「さてと。頑固なクロードがやっと降参したからな。理由を聞かせてもらおうか」
「……理由?」
ようやく笑うのをやめたディアスは、不機嫌な様子を隠そうともしないクロードを抱きしめその耳元で囁いた。当のクロードはきょとんとディアスを見上げる。
「…何か理由があるんじゃないのか?」
「別に…そんなたいそうな理由は無いんだけど…」
本当に、ただなんとなく。
自分と彼が6歳も離れているということを意識したら使ってみたくなった。
理由はただそれだけ。
まぁ…強いて理由を作るなら、彼を愛しているだけじゃなくって尊敬しているんだってことを言葉で示したかったのかもしれない。
「……クロード、お前な…」
クロードの言い分に、ディアスは呆れて溜息をついた。
「だって…愛してるって言うのより、尊敬してるって言う方が恥ずかしいんだもん…」
「そうか?」
理解できないという風に首をかしげるディアスを見ずに、クロードはそうだよと即答する。
「ディアスはさ、たとえば尊敬してる友達に、面と向かって尊敬してるなんて言える?」
「言えないな」
「でしょ? でもディアスの場合は「好き」って言うのもできない人だから無理なのかもしれないけどね」
クロードが笑い出したので、今度はディアスがむっとする番だった。
「言わせてもらうがな、クロード。だからと言っていきなり友人に敬語を使う奴がいるか?」
「う……」
言い返されてクロードは何も言えなくなる。
「あぁ~っ! もういいだろ? 敬語なんて使わないから続きしようよ、ね?」
自分の言葉に頬を染めて抱きついてきたクロードの頭を撫でながらディアスは微笑む。子供扱いをされたクロードがまたぷりぷりと怒り出したがディアスにはそんなことはどうでも良いことだった。
「いや、今日はもう寝る。俺は疲れた」
「え? うそ、冗談だろ?」
「寝る」
驚くクロードはお構いなしに、ディアスは立ち上がってバスルームへ向かおうとする。
「あ、ディアス! ちょっと待ってよ! 僕っ…」
「知らん。自分で何とかしろ」
ディアスの言い方にクロードは顔を真っ赤に染めて、思わず悪態をついた。
「何だよ…自分だってやせ我慢してるくせに!! ディアスの莫迦っ!」
ぷいっとクロードが顔をそらすと、ディアスは何かを思い出したようにクロードの側に戻ってきた。
そして、彼の耳元でそっと囁く。
「明日、たくさんしてやるからな」
「――――――~っ!!」
「覚悟していろ」
ニヤリと不敵な笑みを見せて、ディアスはバスルームの中へ消えていってしまった。クロードは赤くなっていた顔を更に真っ赤にして俯いた。
「…ディアスのえっち」
END