クロードは特に所在なくてホテルのロビーをただただウロウロしていた。
ここはネーデで最も人が集まるホテル。そう、ファンシティホテルだ。
豪勢な作りのロビーには楽しそうな親子連れや、仲むつまじいカップルが何か話をしている。そんな中をクロードはぼーっと歩き回っていたのだった。
初めは暇だから闘技場にでも行こうと考えていたクロードだったのだが、ディアスが居そうだったので止めて今こうしているのである。
「クロード」
突然クロードの後ろから聞き覚えのある声がした。………ディアス。
「…何?」
ムスッとした態度でクロードは後ろを振り返った。
すぐ真後ろにディアスが立っている。
だいぶ前からディアスがいたことに、もちろんクロードは気が付いていた。しかし、無視していたのである。
クロードはディアスが嫌いだった。
人並みはずれた長身と剣の腕。見上げなければ決して顔を確認することは出来なくて……。
青い髪の毛の隙間からのぞける紅い瞳も、血の色のようで気にくわなかった。
そして何よりも嫌なことは……レナが好きなのはディアスだという事実………。
「何だよ。用があるんだったら早く言えよな。」
がばっ!!
「ぎゃー!!なっ……何するんだよディアス!!離せっ!!」
いきなり強引に抱きつかれる。クロードがどんなに藻掻いてもディアスの腕から逃れることは出来なかった。
そんなことより……ここは沢山人が集まっているロビーのど真ん中なのである。
視線が一気にお二人へと注がれる。ひそひそと、当然のように内緒話がクロードの耳にも入ってきて、さらに腕から逃れようと藻掻いた。
しかしディアスの耳にはそんな非難の声など、これっぽっちも入っていないようだ。
いい加減キレかかってきたクロードが……。
『バーストナックルッ!!』
至近距離からのバーストナックルが鳩尾に決まる。………かなり痛そうだぞ、これは。
ぷすぷすと鳩尾を焦がしつつ、ディアスが50メートルほどすっ飛んだ。
だいたい至近距離からのバーストナックルでこんなに飛ぶのだろうか……おそらくクロードが怒りのために攻撃力が二倍……いや三倍ほどになっていたからなのだろうか。
ディアスが思いっきり油断していたということも原因かと思われる。
パンパンと手を叩いてクロードはホテルを後にした。
ディアスが激突した壁がガラガラと崩れる。クロード……、ホテルマンが泣いてるぞ。
<クロード・C・ケニー>
(一体何だったんだ、ディアスのやつ。)
クロードはまだ腹立たしい気持ちがおさまっていなかった。
あの、エクスペル一の剣豪を一撃でノックダウンさせたというのに……何が不満なのだね、クロードくん。
(あんな人が大勢いる前でいきなり抱きついてきやがって。だいたい何で抱きついて来るんだよ。あー、わけわかんね、むかつく。)
こらこら、そんなむかつくなんてお下品な言葉使ってはいけません。母さんは許しませんよ。
とりあえずクロードはこのうっぷんを晴らすべく、何か別のことをしようと考えていた。
闘技場に行こうか……いや、戦いはディアスを呼ぶからな、却下だ。
バーニィレースにしようか……いやいや、ノーマネーになるわけには行かない。
クッキングマスター?……僕料理あんま得意じゃないんだよね。
酒場……未成年が行くところじゃないよなぁ…あそこ。
闘技場の二階……あそこは何か踏み入ってはいけない世界のような気がする…。
一通り考えてみるクロード。残るは……
(占いの館……か)
ホテルにはあんな騒ぎを起こしてしまったから当分戻るには分が悪すぎると考えたクロードは、足取りも重く占いの館へと向かうのだった………。
クロードが占いの館に足を踏み入れようとすると、中に先客が……。
………レナ、だ。
(聞き耳たてるのって、ダメだよなぁ……)
しかしクロードはそう思いながらも聞き耳を立てていた。
なぜなら、レナがしているのは恋占いだったからである。
「………そう、ですか…」
残念そうなレナの声。
その頭はがっくりと項垂れている。
(……一体どうしたのかな…?)
「クロード?」
「えっ!レ、レナ!?」
出口へ戻ってきたレナに声をかけられて驚くクロード。
「……クロード、聞いてたの?」
「え、あ……ほとんど聞こえなかったけど、どうしたの?落ち込んでるみたいだけど。僕で良かったら相談してよ。」
「……うん。」
クロードとレナは酒場に来ていた。
二人でジュースをたのみ、カウンターの端の席に腰を下ろしている。
「ねぇ、クロード。」
「何?」
「あのね……その………」
レナの顔がほのかに紅く染まっている。
「あのね……ディアスの好きな人って、誰なのかな?」
ずきん、とクロードの胸が痛んだ。
(レナは……僕がレナのことが好きなこと、気付いてないんだな……)
しかし、あくまで平然と振る舞うクロード。
「?どうしてそんなこと聞くんだい?」
「さっきね、占ってもらったらディアスにはもう好きな人がいるって……」
「そっか……。でも、占いは占いさ。そう毎回当たってるわけないよ。元気出して、レナ。本人に聞いてみたらどうだい?」
「そう……かな?」
レナの表情が僅かに明るくなる。
「そうだよ、行ってごらん。」
「うん……。何だか私、元気でてきたわ。ありがと、クロード。」
そういってレナは元気に店を飛び出していった。
「なにやってるんだろ……僕。」
誰かに伝えるわけでもないが思わず呟く。
自分はレナのことが好きだ。
しかし、そのレナはディアスのことが好きで、今占いで悪い結果がでて落ち込んでいた。
うまくいけば、レナの心を自分に向けることが出来たかもしれないのに……。
クロードはレナの明るい笑顔が好きなのだ。
その顔が悲しみに沈んでいると、どうしても励ましてあげたくなる。
たとえ……それが自分にとってマイナスなことであってもだ。
「………レナ……」
<ディアス・フラック>
ホテルの人にさんざん怒鳴られたディアスだったが、彼にとってはそんなこと、どうでも良いことだった。
(クロード……。)
深い溜息が彼の口から漏れる。ディアスのこんな顔、きっとレナでさえ見たことがないだろう。
ディアスはどうしようもなくクロードに惚れていたのだった。
(やはり…いきなり抱きつくのはまずかったか…?)
あたりまえじゃ。そんなことにも気付かないのかね、チミは。
ディアスはどうやらクロードと話がしたかったらしい。なのに突然抱きついて、案の定、更に嫌われる結果となったのである。哀れだねぇ、人と接するのがベタな人は……。
(一体どうしたらこの気持ちをクロードに伝えられるのだ…??)
ディアスもディアスで必死のようだ。
「ディアス、どうしたの?何か考え込んじゃって。」
「れっ………レナッ!?」
驚きのあまり声が上擦っているディアス。
その様子を見たレナはクスクスと笑っている。
「……なんだ、一体。」
「………ねぇ、……ディアスは好きな人とかっているの?」
「…そんなもの、いると思うか?」
まったく、素直じゃないねぇ、ディアス。
その言葉を聞いてレナの表情は多少ではあるが安堵感に包まれた。
それから暫くとりとめもない会話を交わして、ディアスはレナと別れた。
「とりあえず………料理でもするか…」
こんな、クロード関係の切ないストレスの解消は、料理が一番だと最近ディアスは思っている。
俺………変わったな……。
――――――――――
「………参った……」
ディアスは困っていた。
今日も料理の腕は絶好調ッ!!☆☆☆ と、いう具合にクッキングマスターで大勝利!
商品に………スライムセットを頂いてしまったからだ………。
食材袋の中がうねうねと動いている。
(………気色悪い……。こんなもの、何故あのジジィは喰えるのだ……)
さすがのディアス氏もビビっているご様子。……それをよく料理したね。
「ディアスー!!」
「?」
後ろから呼び止められる。
声の主はアシュトンだった。
「……ディアス、またクッキングマスター勝ったの?……ということは…またクロードとのことでうまくいかなかったんだ。」
「……………」
「……ふふふ、図星なんだね??」
アシュトンはディアスのクロードへの思いを知っている。そのためディアスの良き(?)相談相手なのだ。
ディアスにとってはアシュトンがいてもいなくても同じなのだが。何故かって?アシュトンだって色恋事に鈍いからなのさっ!!うおー、青い春だ。(でももう青春って年じゃないよな…)
「うーん、ディアスさーいきなり抱きついたりしたんだしょ。」
「な……何故それを……」
「……その鳩尾の焦げを見て気付いた。」
「うっ………」
「よしっ!!」
アシュトンはディアスの肩にがしっと手を置く。そしてディアス顔を自分の目の高さにくるように、体重をかけて肩をさげさせる。当然、顔の位置がめちゃくちゃ近いわけだが、気にしない気にしない☆☆☆
アシュトンの目が怪しく輝く。
ディアスは少し恐怖を覚えた。
「……な……何だ(動揺)」
「ディアス。こうなったらクロードに直接言おう!!」
「言おうって…何を……」
「わかってるくせに。クロードに告白するのさ!!」
「えっ………」
固まるディアス。
「よし、決まりね!さぁ~て、クロード呼んでこよ~!!」
「まっ……待てっ!!」
呼び止めようとしたときには時すでに遅し。アシュトンの姿はなかった。
(どうしよう……なんて言おう………)
困ったディアスはあっちへウロウロ、こっちへウロウロ。
「ディアス………」
「?」
そこへレナがやってきた。
レナは少し頬を赤らめながらもじもじしている。
「何だ?どうした。」
「……ディアス……話があるの……」
<クロード>
「クロード、ここにいたんだ。」
「…?アシュトン?」
「クロード、行こう!」
カウンターで沈みっぱなしだったクロードの手を取る。
「え、何?行くって何処に!」
強引にクロードの手ひっぱていくアシュトン。
そしてそのまま酒場から消えていった。…………飲み逃げだ……。
「あのね……ディアス。」
「何だ?用があるなら早く言え。」
「うん……。私、ディアスのことが好きなの!!」
「なっ………」
丁度その時。
何と、すぐそこにクロードがいるじゃありませんか!!(ディアスの目に連れてきたアシュトンの姿は見えない)
クロードは、先程のレナの言葉を聞いたのか、悲しそうな顔をしている。
意を決したディアスは………
「……すまん……俺は……俺はクロードのことが好きなんだっ!!」
そういってディアスはクロードのもとへ駆け寄りクロードを抱きしめる。
「え?……ちょっとディアス!!」
クロードは驚愕して腕から逃れようと藻掻いた。
「そう……なんだ。」
レナが目に涙を浮かべて呟く。
「レナ!僕は君のことが……!!」
タタッ!!
レナはクロードの言葉が耳に入っていないのだろう。泣きながらその場を去っていってしまった。
「ディアス………」
クロードの肩が震える。ディアスは抱きしめる腕に更に力を込めた。
やがて、クロードのふるえがおさまったかと思うと………
「こっの、クソ馬鹿ーーーーーーー!!!!」
ディアスの鳩尾にまたしてもバーストナックルが決まる。今度は火力が二倍です(汗)。
火だるまと化したディアスが吹っ飛ぶ。
うわあぁん、とクロードも泣きながらその場を去っていった。
「ディアス……」
ディアスに水をかけながら(消火中)アシュトンが呟いた。ディアスにはもう声を出す元気もない。
「クロードのこと、諦めた方がいいんじゃないかい?」
「……ぐすっ……」
あ、ディアスが泣いた!?すげえ!天然記念物ものだ!!
アシュトン、今日の一句:おそろしや 恋の三角 関係は……