「おいクロード、剣の稽古をするぞ」
「えっ!?あ………ぅん……」
ほのぼのとした昼下がり、ついウトウトしていた僕はディアスの声で心地よい微睡みから引き上げられた。
こんな気持ちのいい昼寝日和に稽古だなんて、ディアスどうかしてるよ。
まだ完全に冷め切っていない眼をこすり、ぼけっと前を歩いているディアスの後ろ姿を見つめる。
一歩一歩進むたびに、ディアスの青い髪の毛がサラサラとゆれる。
不意にディアスが振り返った。僕はドキリとする。
「ついたぞ、この辺でいいだろう」
「そっ……そうだね」
(びっ……びっくりしたぁ……。見つめてたのバレたのかと思ったぁ…)
最近ディアスはよく僕を稽古に誘ってくれるようになった。
さすがに気持ちよく寝ているときに叩き起こされるのは嫌だけど…やっぱり嬉しい。
だって僕は………ディアスが…
「クロード、何ぼーっとしている。はじめるぞ」
「うん」
いけないいけない。気を引き締めないと…。いくら稽古とはいえディアス容赦ないからな…
僕は持ってきていた稽古用の木刀を手にして構え、深呼吸をしてディアスへ飛びかかった。
「でやぁぁぁぁ!!」
いくら剣を打ち合っても僕とディアスの力の差が縮まってきているためか接戦が続く。
僕は地面を強く蹴って彼の懐へ飛び込み思いっきりディアスの剣を撃ち飛ばすことに成功した。
(…やった?)
「まだだ」
はっとした。
目の前にディアスがいて、僕の鳩尾にディアスの当て身が強く入る。あまりの衝撃に僕の躯は宙に浮いて地面にたたきつけられた。
剣をとったディアスが僕の頬に木の刀身をぴたりとつけた。……負けちゃった…
「全く……やはりお前は詰めが甘いな」
「うぅ……今度は勝てたと思ったのになぁ」
「…それがいけないんだ」
「ちぇっ。ちょっとくらい手加減してくれてもいいのに」
「…それでは稽古にならん」
「………」
それは…確かにそうなんだけどね。
苦笑いをして立ち上がろうとした。が、先程地面に叩き付けられた時にどうやら右足を痛めてしまったらしい。
「…どうした?」
「足……痛めちゃったみたい。ごめん、ディアス。肩かして」
「…まったく…仕方がない奴だ」
「え?うわっ!!」
ため息をついたディアスは僕の躯を抱き上げる。そう…俗に言うお姫様だっこってヤツ……
「ちょ!!ディアスっ!肩貸してって言ったのに…」
「お前に肩を貸しながらのろのろ歩くよりはこちらの方が早くていいだろう?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「早く戻ってレナに看て貰え。ほら、落ちるといけないから掴まっていろ」
僕は真っ赤になりながら小さく頷いてディアスに首にしがみついた。肩の辺りに顔を押しつけ制止している。
ディアスは…やっぱりいつもの無表情でもくもくと足を進めていた。
は…恥ずかしい…
そういえば…こんなに近くでディアスの顔を見るのって初めてかな?
サラサラとした長い髪が僕の顔を擽る。僕はくすぐったかったけれど、ディアスにこうして抱き上げられていることが嬉しくてこのまま時が止まればいいのにと感じていた。
でも、そんなわけにはいかない。
あっという間に宿に着いてしまった。…少し、周りの視線が気になるなぁ…。あ、セリーヌさんだ。
「おい」
「…何ですの?ディア……!!!!!」
ディアスに呼び止められて、面倒くさそうに振り返ったセリーヌは何故か言葉を詰まらせ、顔を耳まで真っ赤にする。…一体なんだ??
「レナかボーマンはいるか?」
「れっ……レナなら、……ボーマンと買い出しに、行って、ますわよ!」
「そうか…困ったな」
不自然な程きょどりながらセリーヌが答える。
レナもボーマンさんもいないのかぁ…でも珍しいなぁ。この二人で買い出しなんて。
僕も少し困ってディアスを見上げる。彼も困った様子で眉を少々顰めている。
どうする?と僕は小さな声で尋ねた。
「仕方ないな…」
「……ごめん…迷惑かけちゃって。セリーヌさんも有り難うございます」
「いえいえ、いいんですのよvv………お幸せにv」
セリーヌと別れてディアスは僕が割り当てられた部屋へと僕を運んだ。
ベッドの上にゆっくりと座らされる。
「クロード、暫くそのままジッとしていろ。俺が応急処置をしよう」
「う、うん…」
ディアスはどこから取り出したのか包帯で僕の右足首を固定しはじめた。…ディアスそんなこともできるのか…。
数分も経たないうちにディアスの応急処置は終わって、彼は僕を見上げて少しだけ…微笑んだような表情をした。瞬間僕の顔がまた真っ赤になる。
「痛くはないか?」
「うん」
「軽い応急処置だから後できちんと看てもらえよ」
「うん」
「………何だ、顔が赤いぞ。…熱でもあるのか?」
そう言って彼はごく自然に僕の額に手を当てて熱を計る。
でもそれだけで僕の体温は上がってしまってどんどん顔の赤みが増していく気がした。
「そんなには無いみたいだが…。まぁ、レナが帰ってくるまで寝ていろ」
「ディ、ディアス!!」
「…何だ?」
「行かないで…僕の側にいて…」
ああっ!僕ってば何言ってるんだ!?ディアス困ってるじゃないか!
「……俺にも用事がある。…すまんな」
そう言ったディアスは僕の頭を軽く撫でて部屋を出ていった。何だか凄く、ディアスが優しい。不思議だけど、凄く嬉しい。
撫でられた場所を自分で撫でて、僕はまた顔を赤くしながら布団に潜り込んだ。
クロードの部屋から出た所でディアスは頭を抱えながら深く溜息をついた。心なしか、頬が赤く染まっている。
「…あんな無防備な状態のクロードの側に……いれるわけがない…」
どうやら彼らが互いの心が同じ場所にあるということを知る時は遠いようだ。