今宵は新月。
月のでない闇夜はどうしてこんなにも人の不安を駆り立てる物なのであろうか。
暗闇の中でも、小さく星が瞬いているというのに……
コンコン
もう寝る準備も終わって床につこうとしていたディアスに思わぬ来客が入った。
どうしてこんな時間に…という腹立たしい気持ちを何とか抑え、ドアを少し開く。
「ごめんディアス。もう…ねるところだった?」
「…クロード……」
「…何か飲むか?」
「ううん、大丈夫。」
クロードは俯いてばかりいて、声にもどこか覇気がない。
どうした? 優しく尋ねてみる
………… 答えないクロード
ディアスは溜息をつく。
「明日ヒルトンから発つのだろう?早く寝て、疲れをとった方がいい。」
クロード達は明日、魔物群に立ち向かうためヒルトンからエル大陸へと向かう。
ディアスは前線基地に残ることを選んでいた。
クロードはソファに座り込んだまま、黙って床の一点を見つめ続けている。
「…………なんだ…」
ぼそりとクロードが何か言葉を放つ。しかし、あまりに小さかったその一言をディアスは聞き逃してしまって眉をひそめた。
クロードはもう一度呟く。
不安……なんだ…
「……不安?」
クロードはこくりと力無く肯く。
「僕達が…エル大陸に行っても…無駄なんじゃないかって。……そんなこと考えちゃいけないことはわかってる。わかってるんだけど……。不安、なんだ。恐いんだ。」
新月の影響なのであろうか?
風にとけて消えてしまいそうなくらい小さな弱々しい声でクロードはディアスに告白する。
リーダーであるクロードが決して吐いてはいけない弱音。
クロードの声はだんだん涙声になっていき、今にも泣き出してしまいそうだった。
「弱音は吐くな。レナ達が不安になるだろう?」
「わかってるよ、そんなこと……。でも…ディアスになら……あなたになら……言ってもいいような気がして……」
クロードは更に俯き小さく肩を震わせている。おそらく……泣いているのだろう。
ディアスはその以外にも小さい肩を抱きしめてやりたいと思った。ひどく、クロードが愛おしかった。
クロードに手を差し伸べてみようとするが、心のどこかでそれを制している。
自分が今一番してやりたいことが、上手くできない。
彼の不安を取り除いてやることが、出来ない。くそっ、と心の中でディアスは舌打ちをする。
本当ならクロードに歩み寄って、
優しく抱きしめて、
怖がるなと声をかけてやりたい。
クロードを安心させてやりたい。
クロードに、泣いていてほしくない。
でも、なぜだか自分にはそれが出来ない。
自分の過去がもっとまともだったら・・・。
今それが出来ているだろうか?
よく、わからなくなる。
「…ディアス?」
はっと我に返るとクロードがディアスを不思議そうに見つめていた。
泣いたせいで赤くなってしまった青い瞳がディアスを見上げる。
「ねぇ、ディアス」
「なんだ?」
「あのさ……その………この部屋で…寝てもいいかな?」
突然のクロードの発言にディアスは狼狽する。クロードの方もディアスの慌てっぷりを見て“僕はソファでいいから”と付け足していた。
ディアスは黙り込む。
駄目なのかな?という表情を浮かべ、クロードはディアスの部屋を立ち去ろうとした。
「待て、クロード。俺と同じベッドで寝るならここで寝てもいいぞ。」
「ディアスッ!?」
「いや、ここで寝るのはかまわないのだが…疲れを取らなければならない奴をソファで寝かせるわけにはいかん。その…やましい意味はないぞ……ι」
汗マークを付けて焦っているディアスを見てクロードはクスリと笑う。
「ディアス……いいのかい?……ホントに、いいの?」
「ああ、お前がここで寝たいと言うのなら仕方がないからな。」
「ありがとう………」
これで……クロードの不安が少しでも和らぐのなら……
月明かりのない夜はいつもより暗い。星の明かりはどこか頼りないところがある。
手元の明かりを小さくして二人はあまり大きくないシングルのベッドに潜り込む。
クロードの視界に入っているのはディアスの大きな背中のみ。
クロードはその背中の服としっかり握りしめていた。
「あのさ……ディアスは…こんな風に…不安になったこと……ない?」
「……さあな。でも、無かったこともなかったはずだ。」
さりげなく二重否定で肯定する。ディアスらしい答え方だな、とクロードは思った。
ぶるっと、何だか急にクロードは寒気を感じてディアスの背中に寄り添う。
「クロード……」
「ん、何?」
ディアスは向きを変え、クロードを見つめる。眉間にしわを寄せ、意を決したように言葉を紡いだ。
「クロード……お前に…触れてもいいか…?」
「…うん。………いいよ。」
「え?」
あまりにあっさり肯定されてしまったため、ディアスは自分の言った意味が分からなかったのではないかと不安に思う。
はっきり言ってしまうことが出来なくて、あんな聞き方をしてしまったから。
俺の言った意味がきちんとわかっているのか?と尋ねれば、クロードは少し顔を赤らめて肯く。
“駄目で元々”で聞いてみたのに。
ディアスはクロードの顔に手を延ばし、ゆっくりとその頬を撫でる。そのまま、そのあどけない顔を引き寄せ軽く口づけた。
何故か自然とクロードの瞳から一筋の涙が零れる。
「クロード…?」
「ごめん……自分でもよく分かんない。なんで…涙出てるのかな…?」
ディアスはフッと笑み、再びクロードに口づけた。
軽く触れるだけの口づけは次第に深い物へと変わっていく。
お互いを隠している物を取り去り、体温を素肌で感じあう。
クロードが求めればディアスはそれを与え
ディアスが求めればクロードもそれに答える
四肢をからませ、お互いに求め、与え合い……
明日の別れを惜しむように二人はいつまでも抱き合っていた――――…
――――
カモメ飛ぶ青い空。エルリア侵攻に向けてラクールの軍人達が慌ただしく走り回っている。
眩しいほどに光り輝く海原は魔物との戦いを忘れてしまいそうになるくらい美しい。
「ディアス……お互い、いい知らせを持って再会できるといいな。」
「ああ……死ぬなよ、クロード。」
「ディアスもね。」
一時的な別れだ。すぐに魔物との戦争は終わり、再び会うことが出来る。
そう…すぐに、再会できる―――
しかし
ソーサリーグローブの影響で
エクスペルは……宇宙から姿を消した………
END