僕とディアスの関係は、体だけなんだと思ってた。
そう、昨日までは……
sha la la
窓の外は微かに雪が降っていた。早暁に目が覚めたクロードはしんしんと降っている雪に目を丸くする。雪が降っている為に部屋の空気も凍り付くように寒く、クロードは身を震わせシーツにくるまる。
ふと、背中に暖かい肌の感触がした。
(……ディアス? まだ、いたんだ…)
体を合わせた日の朝は、目が覚めても隣に相手がいないのが普通だった。それだけ早く目が覚めてしまったのだろうかと思うと同時に、クロードは少し悲しい気持ちになる。
彼の規則的な寝息を聞いているのが嫌で、クロードは離床し、床に脱ぎ捨てられていた白いシャツを素肌に羽織って窓辺へ向かった。ベランダはうっすらと積もった雪で白くなっている。
「今日って…確か……25日だったよな?」
ぽつりと小さな声でクロードは呟き、憂いを含んだ笑みを見せる。
「ホワイトクリスマスか……」
声に出した途端、言葉では表現しがたい悲しみがクロードの奥から湧き出てきて、堪えきれず涙が流れた。一度流れ始めたものは歯止めがきかず、次から次へとあふれ出てくる。
サンタクロースは、今年も来てはくれなかった。
そんな慈悲深い人がいないことなんて、とうの昔に知っている。それでもクロードは毎年待っていた。サンタクロースがクリスマスの朝には幸せを運んでくれることを。朝になれば、仕事で出払っていた両親が帰ってきていて、自分にクリスマスのプレゼントをくれる。しかし、そんな小さな幸せでさえもサンタクロースは運んできてはくれなかった。
クロードは少々乱暴に腕で溢れてきた涙を拭い、窓を開ける。冷たい外気が流れ込んできたが、すでに冷え切っていたクロードにはさほど辛いとは感じられなかった。
窓から手を伸ばすと冷たい綿毛がクロードの手に軟着陸し、ゆっくりと溶けてゆく。
「何をしている? クロード」
突然背後から発せられた声にクロードは驚いて振り返る。そこにはしっかりと服を着込んだディアスが訝しげな表情で立っていた。
「そんな格好で…風邪を引くぞ」
優しい声でディアスはクロードに歩み寄り暖かい毛布でその体を包んだ。クロードはディアスの行動に困惑していた。
「……ディアス…」
「まだ早い。お前は寝てろ」
ディアスはクロードの背を押してベッドへ促す。クロードは後ずさりをして首を振った。
「…ディアスは?」
自分が眠っている間にいなくなってしまうのだろうか? そんな寂しさで潤んだ瞳でクロードはディアスを見上げる。返答に困ったのか、ディアスは口をつぐんでいた。
「また、いなくなっちゃうの? いつもみたいに、僕が寝てる間に…」
一度緩んだ涙腺から涙が流れるのは簡単な事だった。クロードは涙を流しながらディアスを見つめる。
「ほら、寝るぞ」
質問には答えず、ディアスはクロードを再び促す。
「やだっ…嫌だよぉ……」
ぐずるクロードを無理矢理ベッドに寝かしつけ、ディアスはその場を去ろうとしたがクロードがディアスの服を強く握りしめていたためにそれは出来なかった。
「ディアス…行っちゃ、ヤダ…」
「…クロード」
「嫌だ…」
ディアスの怒っているであろう顔が見たくなくて、クロードがぎゅっと目を瞑ると、その唇にふわりと暖かい感触がした。驚いて目を開けると、案の定視界いっぱいにディアスの顔がある。その隙をついてディアスの舌が入り込んできてクロードのそれを絡み取った。
「……ディア…ス?」
「どうして、俺に行ってほしくないんだ? クロード」
唇が離れて、クロードが混乱しているとディアスは優しく微笑んだ。
「だって…ディアスが……好き、だから…」
今まで伝えたくても伝えられなかったことが、いとも簡単に音に変換された。その言葉にディアスは軽く苦笑いをしてクロードを抱きしめた。
「…? ディアス?」
「俺も、お前が好きだ…」
「…は?」
全く予想していなかったディアスの言葉にクロードは間抜けな声を上げる。ディアスを見上げると彼はまさしく苦笑いを浮かべていた。
「まったく…俺は莫迦だな」
「…どういう…こと?」
ディアスはクロードを強く抱きしめ直し、クロードを見ないで語り始めた。
クロードへの気持ちを意識し始めた頃、感情を押さえることが出来ずに彼を抱いてしまったこと。そのことが後ろめたくてクロードが目覚める前に部屋を出ていたこと。二度とするまいと心に決めていたのに、クロードと同室になる度に衝動に負けてしまったことなど、ディアスは自嘲気味な笑みを浮かべて語った。
「…ディアス…」
「すまなかったな、クロード」
「……ううん、いいんだ」
クロードはまた涙を流しながら微笑んだ。
「やっと笑ってくれたな、クロード」
「え?」
ディアスの言葉と表情にクロードは顔を真っ赤に染める。ディアスはそんなクロードを見てクスクスと笑いながら再びその柔らかい唇に口付けた。クロードはディアスの背に腕を回し彼を抱きしめ返す。
「…やっぱり、いたんだね」
「? …何の話だ?」
「サンタクロース」
「…?」
「えへへ。気にしなくていいよ」
眉根を寄せて考え込むディアスにクロードは笑って抱きついた。
「何年も待ったけど…信じててよかった」
ディアスの腕の中で誰にも聞き取れないような声でクロードは呟いた。
安堵した途端にクロードは睡魔に襲われ、ディアスのぬくもりを感じながら眠りに落ちた。そのまま、クロードが眠りから覚めるまで、ディアスは愛しい人を抱きしめ続けていた。
言葉で伝えなければ分からないことが世の中には沢山ある。
言葉に表して初めて繋がった二つの心は、これからやっと歩き始める。
素敵な恋に、なるように。