スターオーシャン

SWEET CANDY

依頼されていた魔物退治の仕事の報告を終え、村長の家を出た僕たちを待ち受けていたのは一人の少女だった。

「お兄ちゃん達がお外のマモノ倒してくれたの?」
「えっ…あぁ、うん。そうだよ」
 あまりの不意打ちに僕は生返事を返す。が、女の子の瞳はキラキラと隣にいるディアスを見つめていた。僕の言葉は彼女の右の耳から入って左の耳へ抜けていってしまったらしい。どうやら彼女はディアスからの返答を期待しているらしい。とはいっても、ディアスがそんなコトに気づくはずもない。僕は苦笑して隣のディアスを肘でつついた。
 突然のことにディアスは少しだけ驚いたような表情で僕を見る。少しの間を取ってようやくつつかれた訳を感づいたディアスが少女に肯定の意を示すとと少女の表情はぱぁっと明るくなった。
「やっぱりそうだったんだ! スゴイね! お兄ちゃん強いんだね!!」
 お兄ちゃん…。ということは、既に彼女の中で僕の存在は消えてしまったらしい。確か彼女の第一声では『お兄ちゃん達』と複数形だったはずだ。なんだかそれが少し気にくわなくてムッとしている僕にはかまわず彼女はディアスの大きな手を掴む。
「お礼がしたいの! お兄ちゃんのおかげでまたお外で遊べるようになったから…」
「…そうか」
「だから、ね! 一緒に来てよお兄ちゃん! ね、ね?」
 ディアスの全く関心のない返答にもめげず、少女はディアスの手を引く。あんまり彼女が熱心に引っ張るものだから、さすがのディアスも困って僕を見た。
「いいじゃん、行ってきなよ。お兄ちゃん」
 自分の存在を忘れられて少し悔しい僕はわざとそう言ってやる。
「し…しかし……」
 ディアスは過去にも見たことのない困りっぷりで言いよどむ。なさけなく眉尻を下げたその表情に僕は思わず笑ってしまった。
「行ってきたらいいだろ。かわいい女の子のお願いをディアスは無下に断るんだ?」
 僕がじろりと睨んでやると、ディアスは観念したように少女に引きずられ家の中へ入っていったようだった。僕はその姿を見届けずに宿へ向かうため歩き出した。

「やぁ、クロードさん。お帰りなさい。聞きましたよ、お疲れ様でした」
 宿に入るなり、ちょうどロビーの掃除をしていたらしい宿屋の主人に笑顔で話しかけられる。ちょっと…というかかなりイライラした気分を引きずっていた僕はその優しい声音に拍子抜けしてしまった。
「あ、えぇ。ありがとうございます」
 何がありがたいのか自分でもよく分からなかったが、ずいぶんと間抜けな返事をしてしまう。
「お疲れでしょう? 部屋の掃除もすんでますから、上がって休んでください」
 この村はもともと小さくて、宿もここしかない。村に唯一の宿もとても小さくて宿の主人夫婦で切り盛りしているから、宿というよりは民宿に近い。
 主人の笑顔に毒気を抜かれて、僕は少し背中を丸めながら部屋のある二階へと上がっていった。

「あーあ…なんでこんなにイライラしてるんだ、僕…」
 ベッドの枕に顔を埋めて思わず声を漏らす。理由は分かっている。醜い嫉妬だ。それも小さな女の子に。
 その事が余計に虚しくてため息が出る。どうしようもなくてベッドの上で足をばたつかせていると、ノックもせずにディアスが帰ってきた。
「…ディアス…早かったね」
 まさかこんなに早く戻ってくるとは思っていなかった僕はビックリして彼を見た。
「あぁ、なんでも飴を俺に渡したかったらしい」
「へぇ~…飴か…」
 ふわり、と漂ってきた甘い香りに今ディアスがそれを口に含んでいることに気づく。もしただ貰ってきただけならばそのまま持って帰ってくるのがディアスの性格だから以外に思えた。
「ははーん…さてはあの子に無理矢理舐めさせられたな?」
 ディアスは甘いものが余り得意ではないので、僕はニヤニヤしながら彼を見る。
「どう? 甘くておいしい? どんな味がする?」
 彼が味わってソレを舐めていないことを知っているから、思わずそんな言葉が出てくる。案の定、彼は眉をひそめている。
「僕の予想だとオレンジ味だと思うんだけど、どうかな?」
 先程の香りにそんな香りが混じっていたことを思い出してさらに追求する。ますます困った顔になるディアスに僕は嬉しくなってきた。
「ねぇ、ディア……っ!」
 彼をもっと虐めてやろうと口を開いた途端に唇に言葉を邪魔される。
 何が起こったのか察する暇もなくディアスの舌が飴と一緒に僕の口の中に入り込んできて…
「…んっ…ぁ…」
 思わず甘い声が出てしまって、気恥ずかしくなってディアスをやんわりと押しのけた。彼の唇は離れていったが、僕の口の中には丸くて固い飴が一粒。
「……ディアス…?」
「どうした? 味が気になっていたんじゃなかったのか?」
 今度は彼が意地悪そうに僕に詰め寄る。言葉に詰まってただディアスを見つめていると、彼は微笑んだ。
「…嫉妬してただろう、さっきの子供に」
「べ、別に嫉妬なんかしてないよ! どうして子供相手にっ…」
 図星だったので、無意識のうちに顔が赤くなった。
「どうだか」
 ディアスはくすりと笑う。
「味はどうだ? 気にしてたんだろう?」
 真っ赤になったまま動かなくなっている僕を見てディアスは喉の奥で笑った。
「うまいか?」
 ニヤニヤと珍しく表情豊かにディアスは僕を見つめている。しばらく呆けていた僕はらしくない彼のにやついた顔にむっとしてそっぽを向いた。
「……しらない。味なんて分かるわけないよ」
 甘いことには違いない。けれども、それがおいしいかどうかなんて、分かるはずがない。
 彼の口の中から直接僕の口に移動してきた飴は、いつの間にかずいぶんと小さくなってしまっている。これではますます味なんて感じられない。ただ、彼の舌の感触がリアルに残っているだけで。
「…どうした?」
 黙りこんでしまった僕を不振に思ったのか、ディアスが不思議そうに覗き込んでくる。
「…別に…どうもしないよ」
 言って僕は残っていた小さな飴を噛み砕いて飲み込んだ。
 意を決して、目の前のディアスに抱きつく。
「…キス…もう一回」
 耳元で、ディアスがふっと気を緩めるのが分かった。
「しかたないな」
 邪魔な飴がいなくなった本日2回目のキスは、1回目よりずっと甘かった。

おわり。

投稿日:2010-01-01 更新日:

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