スターオーシャン

伝わる想い

「ただいまぁ~」
 大学から帰ってきて、鍵を開けいつものように帰宅する。ただいま、と言ったところでお帰りと返す声はいつものようにない。一人暮らしだからという理由もあるが、たとえ実家にいてもいつもそうだったのでクロードには大して問題ではなかった、はずだった。
「………はぁ…」
 何故か気持ちが沈んでいて、ため息ばかり出る。時計はまだ午後の3時を示している。
「まだ、三時か…」
 おもむろに携帯を開いてみる。画面にはいつもの見慣れた待ち受けが表示されているだけで、メールが来た気配も、不在着信があった気配もなにもなかった。
 とぼとぼと部屋に上がり、ベッドの上に身を投げる。しばらく天井を眺めていたクロードだったが、すぐに飽きたのか立ち上がって台所へとむかう。冷蔵庫を開けてみてもめぼしいモノはなく、とりあえずコップに氷を入れて水を注ぎ、それを飲むことにした。
 冷たい水がクロードの喉を通りすぎていく。普通の水道水は美味しくも不味くもなかった。ただ、冷たいだけで。

 一つため息をついたクロードは決心したかのように携帯をとりだして、番号をプッシュした。今、一番声を聞きたい恋人の携帯の番号を。
 クロードは一番好きな人の番号は携帯のメモリに頼りたくないと思っていたのでしっかり暗記していた。もちろん、メモリにも彼の番号は記憶されていたがそれを使ったことは一度もなかった。
 相手が電話に出るのを待つ機械的な音が何回も繰り返される。クロードは眉根を寄せた。
「………出ないな…」
 相手は25歳の大人だから、今の時間は仕事に忙しい。それはクロードにも分かっている。
(…あきらめようかな)
『……どうした?』
「あっ…」
 いい加減、待つのに疲れたクロードがもう電話を切ろうとした瞬間、優しい声が耳に届く。
『すまんな、少し手がはなせなくて遅くなった』
「……………ディアス…」
 こんな時間に電話をしたことを彼は一言もせめようとしない。クロードは嬉しくて切なくなった。
「………い」
『…? なんだ? 聞こえない』
「貴方に…会いたいよぉ」
 泣きそうなクロードの声にディアスははっと息をのむ。
『どうした? なにかあったのか?』
「ぇ………うぅん、なんでもない。ごめんね、お仕事頑張って」
 優しい声で訪ねてくるディアスを無視するような形でクロードは慌てて電話を切ってしまった。
(僕…何やってるんだよぉ…。ディアスに迷惑かけちゃダメじゃないか…)
 自己嫌悪でいっぱいになったクロードはその場にしゃがみ込んだ。

 時間は午後六時を回っていた。ディアスはネクタイを緩めて荒くなった息を整える。こういう時に限って車は故障中で修理に出していて、駅からクロードの住むアパートまで走ってきたのだ。
 様子が普通じゃなかったクロードの電話をもらってから、大急ぎで仕事を片づけてなんとか5時過ぎに大事な用があるといって会社を飛び出してきた。
 預かっている合い鍵を使ってクロードの部屋に入ると彼の部屋の中は真っ暗だった。
「…いないのか?」
 ディアスは不思議に思ったが、クロードの靴が玄関に無造作に転がっていたのでとりあえず奥へと入る。
「…クロード?」
「………ディアス…?」
 微かに聞こえた声に反応して、ディアスは台所へと向かう。クロードは台所の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
「何…やってるんだ、クロード」
「……………ディアスこそ……どうして…」
 震えるクロードの声にディアスは眉を潜める。その表情をみてクロードは彼の機嫌を損ねてしまったのだと思ったのか、おびえた表情を見せて顔を膝に埋めてしまった。
「クロード…」
 びくりと小さく体を震わせたクロードの肩をディアスはそっと抱きしめた。クロードの震えを止めようとするかのように強く強く抱きしめる。
「何があった?」
「……何もない…」
「嘘だ」
「何もないよ…」
 クロードの口調は自分自身に言い聞かせているようだった。

「………寂しかったんだ…」
「?」
「寂しかったの…」
 クロードはディアスにぎゅっと抱きつく。ディアスはクロードの髪の毛に軽いキスをした。
「クロード、俺の家に住むか?」
「……え?」
 驚いて顔を上げたクロードをディアスは真剣な表情で見つめる。
「部屋が余っているのはお前だって知っているだろう?」
 クロードは呆けた表情でこくりと頷く。
「それでは嫌か?」
「嫌じゃない!」
「大学からは遠いが、それでもいいのか?」
「うん。それでもいいし、嬉しい。ディアスありがと…」
 クロードはようやく笑みを見せて彼の唇に自分のそれを軽く重ねた。
「本当に、ありがとう、ディアス…」
「気にするな。俺だって嬉しい」
 思いがけないディアスの言葉にクロードは嬉しくなってディアスに思いっきり抱きつき、幸せそうに微笑んでいた。

 ありがとう

 と、心の中で何度も繰り返しながら。

投稿日:2010-01-01 更新日:

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