僕の瞳に映るのは貴方だけ。
貴方だけなんです―――
「ディアス! 結婚、おめでとう!!」
「ん、あぁ…ありがとう」
精一杯の笑顔で僕はディアスに告げる。ディアスは少し照れくさそうに頭を掻いていた。
その仕草がちょっぴり可愛いくて僕は微笑む。ディアスって普段は凄く格好いいのにレナとのことになるとすぐ照れるんだよな。
明日はディアスとレナの結婚式。僕はディアスの家に突然押しかけた。
それでもちょっと驚いた顔をしただけで、彼は僕を家の中に入れてくれたのだ。優しいよな。ディアスは僕のこと『恋敵』だと思ってるはずなのに。
そんな僕の第一声が「結婚おめでとう」だったものだから、少しディアスも拍子抜けしたみたいだった。
「しかし…一体どうしたんだ、突然…」
「うん。えとさ、僕、明日結婚式出れないから今日のうちに言っておこうと思って」
出れないと言うのは嘘。出れないんじゃない、出たくないだけ。
「なんだ、そうなのか…」
「うん。ごめんな」
そういって僕は持ってきた荷物から地鶏の串焼きと、日本酒(と、地球では呼ばれているお酒)をテーブルの上に置いた。
「これは?」
「僕からのお祝い。…しょぼくてゴメン」
肩を竦めて見せるとディアスは微笑んだ。
「いや、嬉しいぞ。早速食べよう」
ディアスは立ち上がって台所へと向かう。しばらくして、彼はお皿とコップを二つ手にして僕の前に戻ってきた。
「ディアス、僕お酒飲めない…」
「少しぐらいは飲め。寒かっただろう、外は」
「う…うん…」
ディアスがそういってくれるなら、と僕はコップに注がれた日本酒を口にする。独特の変な臭いと味がして、やっぱり美味しくない。どうでもいいけど、コップに入ってると只の水みたいだなぁ。不味いけど。
「うへ、マズ…」
僕の様子にディアスはククッと笑う。…失礼だなぁ。
やけになって僕はコップに入っていた残りのお酒をぐいっと一気に流し込んだ。舌で味わおうとしなければ案外すんなりと飲むことが出来た。
「おいクロード、大丈夫か!?」
「ヘーキだよ! 僕だって一応二十歳になったんだ…し…」
あ、なんか頭がクラクラする…。変な感じ…。
「まったく…苦手なくせに一気に飲むからだ!」
「ディアスが飲ませたんじゃん…」
「ま、まぁ……そうなんだが…」
ぷーっと僕は頬を膨らませてそっぽを向いた。せっかくだし、ディアスのこと困らせてやれ。
「クロード……俺が憎いか?」
「へっ!? な、何で?」
ディアスの口から放たれた思いがけない一言に僕は怒るのも忘れてディアスを見る。
ディアスの表情は少し切なそうだった。
「…俺が、レナと結婚するんだぞ…?」
あぁ、そうか。そういうことか。
そんなこと気にすること無いのに。
「なんだ、そういう意味か」
「そういう意味って…お前な…」
「憎んでたりしたらこんな風にお祝い言いに来たりしないよ。僕は心の底から二人の結婚を祝福してる」
あーあ、また嘘ついちゃってるよ、僕。祝福したいとは思っているけど…ね。
「僕はレナのこと 仲間として 大好きなだけだから」
「…クロード…ありがとう…」
「…僕、貴方にお礼言われるようなことしたかな?」
照れくさいのを隠すように、僕は笑った。
「お前からの祝福が、一番嬉しい」
……やめて欲しいなぁ、そういう言い方するの。
「そ、そう? なら、よかった」
必死になって笑う。涙が出そうだった。
「よし、じゃあ僕そろそろ帰るね!」
慌てて立ち上がる。足下がふらりとふらついたが、これ以上ココにいるのは危ない。余計なことを口走ってしまいそうで。
「…大丈夫か?」
「大丈夫だって! それじゃディアス、またな!」
笑顔で、でも逃げるようにして僕はディアスの家を去った。
明日は一日何をして過ごそうか。することは何もない。でも、結婚式には出たくない。
…最後に、様子を見るくらいにしておくつもりだ。
教会の鐘の音が鳴っている。鳥の歌声も聞こえる。
その鐘の音で僕は目が覚めた。
何処に行くことも出来ず、何もすることのない僕は神護の森の中で昼寝をしていた。
んーっとのびをして教会の方を見る。
人がぞろぞろと外に出始めていた。
「よし、じゃあ少しのぞきに行こうっと…」
教会の前では沢山の人達が笑っていた。
それぞれ隣の人間と楽しそうに話をしている。
教会からちょっと離れた木の根本で僕はぼーっとその様子を見ていた。
しばらくして、中からディアスとレナが出てくる。幸せそうな二人の姿が眩しかった。
「…レナのウェディングドレス綺麗だなぁ」
純粋にそう思った。
純白のドレスに身を包んだレナが一つのブーケを投げた。
女性達がみんな、そのブーケを狙ってたのに…。
ふわりと宙を舞ったブーケは、僕の腕の中にぱさりと落ちた。
ブーケが中に投げ出された途端、突風が吹いたのだった。ごうと強い風が吹いて僕は目を瞑った。
風がやみ、目を開けるとブーケがあったのだ。
冗談きっついなぁ…
「あれぇ! クロード来てたんだ!!」
プリシスの声がした。彼女は僕の元に駆け寄ってくる。
「ブーケおめでとう!!」
キャピキャピ騒ぐプリシスに僕はハイとブーケを手渡す。
「…ほぇ?」
「ちょっと様子を見に来ただけなんだ。じゃあね」
くるりと踵を返して僕は森に逃げ込みたかった。けれど、そうもいかない。
僕は立ち上がってズボンに付いた土を払い、街の外へ向かう。
てくてくと歩きながら、ちらりとディアスの方を見ると、彼は酷く驚いた顔をしていた。
まぁ、行けないって言ったからだろうけど。
「ディアス、レナ、おめでとう」
口に出して言ってはみたけれど、きちんと声になっていなかったから彼らには届いていないだろう。
ま、別にいいや。
アーリアから出た途端、僕は走り出していた。
特に目的があるわけではない。ただ、一メートルでも遠く、アーリアから離れた場所に行きたかったのだ。
我慢していた熱いモノがこみ上げてたので、僕は下を向いて走った。
下を向いて、目をつぶって走っていたせいか、僕は大きな石に躓いて転んでしまった。
「痛っ……」
そのまま、僕は座り込む。涙が止まらなかった。
「うっ……ひっく…ディアスぅ…」
名前を呼ぶと、ズキリと胸が痛む。言わないって自分で決めたんだ。後悔しない。
僕はたぶん、結婚できない。
彼を忘れるまでは結婚できない。けれど、彼を忘れることなんて、出来そうにない…。
彼の相手が、僕にとっても大切な人じゃなかったなら、言うことぐらいは出来ただろうに。
自分でも不思議なくらいに涙が止まらない。
早く大人になりたいなぁ。
大人になれればきっと、笑っていられる。
「大人にならなくっちゃ…えへへへへ」
僕は笑いながら泣いた。泣きながら笑った。
空は切ないくらいに青くて、太陽は悲しいくらい暖かかった――
END