クロードは一人、宿の二階から窓の外を眺めていた。
ここはギヴァウェイ。一年中人工の雪が降り注ぐ静かな町。もうだいぶ夜も更けている所為か、明かりが灯っている家は少ない。
雪が降っているから寒いのか、それとも雪を降らせるために寒いのか。冷え切った澄んだ空気は喉に痛かった。
「このくらい寒ければ…星ももっとキレイに見れるんだろうなぁ…」
小さい頃から星空を眺めるのが好きだったクロードは、雪を降らせるための雲で星が見えない事が寂しいらしい。何も考えることもなく、ただぼうっと延々と降り注ぎ続ける雪を眺め続けていた。
クロードが住んでいた地域は雪があまり降らなかった。一年に数回、それもほんの少しだけ。だから小さかったクロードは雪が降るといつも決まって「積もるかな、積もるかな」と心を躍らせていたものだった。けれど。
「雪って、積もるとあんな歩きにくいなんて思わなかったな」
ふと小さい頃を思い出してクロードは思わず笑った。
ここに来て、雪の道を踏みしめてみて初めて分かった。雪なんて積もらない方がずっといい。
それでも雪が降る様を眺めるのは楽しかった。
「クロード」
「うわぁ!!!!!」
突然後ろから声がして、クロードは思わず大きな声を上げる。
「しっ…あまり大きな声を出すな」
「……ディアス…?」
諫められてようやく自分に声をかけた人物が誰だったのか認識した。あまりに意外な人物の登場だった為にクロードは目をしばたかせた。
「ディアス、寝てなかったのか?」
「まぁな…」
唐突に飲物が入ったグラスを渡される。クロードは不思議に思って首を傾げた。
そんな様子のクロードに構わず、ディアスは言葉を続ける。
「Merry Christmas, Crawd」
「………え?」
グラスを持ったまま、目を見開いて固まってしまったクロードを見て、ディアスは気まずそうに頭をかいた。
「なんだ? 違ったか?」
クリスマス…いや、クリシマス…間違えたか…? 等とブツブツ言い出したディアスにクロードは思わず笑う。
「いや、クリスマスであってるけど…どうしたんだよ、急に」
「25日だ。今日でいいんだろう?」
クロードは思わず時計に視線を走らせる。いつの間にか随分と時間が経っていたらしい。0時を少し回ったところだった。
そうか、今日はクリスマスだったのか、とクロードは思った。そんなことすっかり忘れていた。でも…
「どうしてディアスがクリスマスなんて知ってるんだ? エクスペルには無い風習だと思うんだけど…」
素直に疑問を口にする。ディアスは眉根を寄せた。
「覚えていないのか? この前自分で喋っていたんだぞ」
「え、僕が? いつ…」
「先週…だったか。ボーマンが俺とお前を引きずり込んで飲みに行っただろう? その時だ」
「………飲みに行ったのは覚えてるけど…喋ったのは覚えてない…」
クロードの台詞にディアスは軽く笑った。
「まぁ、随分と酔っていたようだったからな」
優しく微笑んだままディアスはクロードにグラスの飲物を勧める。一方薦められたクロードは初めて見るディアスの優しい笑顔に固まっていた。
「飲め。シャンパンだ。少しは体も温まるだろう」
「………ぇ? あぁ、うん。ありがとう…」
促されてようやくグラスに口を付ける。シャンパンがピリリとした小さな痛みを伴ってクロードの喉を降りていく。
「うん…美味しい…」
「そうか、よかった」
クロードの笑顔に、ディアスも満足げにシャンパンを喉に通した。
しん、とした空気の中、二人は静かに外を見ながらシャンパンを飲んだ。
ディアスの心遣いが嬉しくて、クロードは雪とグラスとを見比べて、なかなか口が進まない。先に飲みきったディアスはグラスをテーブルに置いてクロードのグラスを奪い取る。
「……ディアス?」
声に答えず、ディアスはまだ多く残っているクロードのグラスをもテーブルの上へと置いた。
「…?」
一体どうしたのだろう、とクロードは首を傾げた。
振り返ったディアスは窓辺に立つクロードの元に歩み寄り、そのままふわりと彼の体を抱きしめた。
「ディ……ディアス…?」
困惑しているクロードにディアスはそっと口づける。予想外の出来事にクロードは目を見開いて固まってしまった。ディアスはぎゅっとクロードを抱く腕に力を込める。
あぁ…思い出した……。
ディアスに口づけられたまま、クロードは瞳を閉じた。
確か、ボーマンさんがトイレに行ったままなかなか帰ってこなくて、静かな空気に耐えられなくてクリスマスの話をしたんだった。
クリスマスは嫌いだ、と。
いつも一人だったから、クリスマスなんて大嫌いだって……。
とても長いように感じた触れるだけのキスが終わってみると、クロードの瞳からは涙がこぼれていた。
その涙にディアスは慌ててクロードの体を解放する。
「す、すまん……つい…」
「…ぁ、違う違う。別に嫌だったわけじゃ……」
そこまで言って、クロードははたと気が付いた。
どうして、嫌じゃなかったのだろうと。むしろ、ディアスが自分にキスをしてくれる事を嬉しいとさえ…。
頭に浮かんだ感情の意味を考えてクロードは頭を振った。
きっと、さっきのシャンパンの酔いがまわってきてるんだ。自分はそんなに酒は強くないから。
「嬉しかったんだ、その…。ディアスが……」
何と言っていいか分からなくて、クロードはどもる。
「ディアスが、僕でも忘れてたクリスマスの事覚えててくれて…。あと、僕のためにわざわざこんな、シャンパンとか用意してくれて…」
抱きしめてくれたことも、キスをしてくれたことも嬉しかった、とは言えなかった。
「いつも…一人だったから…なんだか、嬉しくて…」
泣きたくなんて無いのに、勝手に涙があふれ出てくる。クロードは必死になって涙をぬぐうが、それでも次々とあふれて止まらない。
「そうか…良かった…」
ディアスは優しくクロードの頭を撫でる。
「そろそろ、寝た方がいいぞ。もう夜も遅いからな」
そう言って、ディアスはシャンパンのグラスを持って部屋を出て行った。
クロードは涙を流したまま、ディアスの背中を切ない思いで見つめていた。
酔っているはずなんてない。それほどシャンパンを口にしなかったから。
自分の気持ちに気づいてしまったクロードは、それでも何とか忘れようと両の頬を叩いて涙をぬぐった。
思い出したかのように凍った空気の寒さが押し寄せてきて、クロードはベッドへと潜り込んだ。
ベッドの中でぎゅっと目を瞑る。
泣いたことで疲れていたのか、クロードはあっという間に眠りについた。
END